い香りと女の笑顔






「ん・・・・・」
ぱち、と目が覚める。外からは運動部が練習をしているのか、声が聞こえる。夜天はぼーっとしながら
体を起こした。
そうだ。久しぶりに学校に来て・・・・・でも、睡眠不足で眠ってしまったんだ。
机にずっと突っ伏して眠っていたから体が痛い。
ぎしぎしと鳴りそうな体をほぐそうと、夜天は腕を上に伸ばした。
すると、ぱさ、という音がした。下を向いてみると、女物のコートが落ちていた。
「・・・・・・何これ」
拾い上げて首を傾げる。これは学校指定のコートだ。つまり、この学校の女子生徒のもの。
夜天はそれをじっと見る。腕を伸ばした時に落ちたということは、自分の体にこれがかかっていたという
ことだろう。
少し考え込んで、落ちたときについたほこりをパンパンと手で払った。



「誰のだろ・・・・これ」
名前の書いていないコート。誰のものかなんて見当もつかない。
その時、微かにコートから甘い香りがした。バニラのような、甘い香り。
「・・・・・・・・」
しかし、香りだけで誰のものか分かるなんて犬みたいなことは出来ない。夜天は軽くため息をつくと、
それを手に持って立ち上がった。
今日は夜、撮影の仕事が入っていたのだ。遅れたりなどしたら大気に怒鳴られる。現に夜天の携帯には、
既に何件か大気からの着信があった。
「・・・・・・・・こりゃ、多少の雷は覚悟しなきゃかな」
やれやれとため息をつくと、夜天は校舎の外に出て適当な所でタクシーを拾い、現場へと直行した。









「遅いですよ、夜天」
「ごめんごめん」
何とかぎりぎり間に合った為、それほどのお咎めはなかった。
そして撮影用の衣装に着替え、少し乱れた髪を整えて、軽くメイクをする。それを既に終えている星野と
大気は隣で終わるのを待っていた。
「あれ?夜天、これなんだ?」
夜天がイスにかけてあるコートを見て、星野が問う。
「ああ、それ?学校で寝てる時、僕の体にかけてあったんだよ。でも、誰のかわかんなかったから・・・・
持って返ってきた」
「ふーん・・・・そりゃ健気なことをする女子もいたもんだ」
星野は笑うと、そのコートを手に取った。




「・・・・あれ?これ・・・・」
「なに?」
「なあ、夜天・・・・これ、愛野のコートじゃねえの?」
「え?」
夜天は目を丸くする。
「どうして分かるんですか?」
「だってここにM・Aってイニシャル書いてるし、この香り・・・・」
「香り?」
「今日、愛野がおだんごに自慢してたぜ。新しい香水が手に入ったって。その時してた香りと一緒なんだ」
「・・・・・・・・・・・」
夜天は星野からコートを受け取ってじっと見る。そして小さくため息をついて、イスの上にポイ、と置いた。
「まさか。そんなわけないじゃん。もしあいつだったら、星野の言うような健気なことはしないでしょ。僕が起き
るまで側にいるか、自分がこのコートをかけたって意思表示くらいはしていくんじゃないの?」
「ばーか。何言ってんだ、夜天。それが微妙な女心ってもんじゃねーか。確かにあいつはパワーがあるし、
俺達にも遠慮なくくっついてくるけど、こういう時は結構けなげな一面を見せるもんだぜ。あーいうタイプは」
「よくご存知ですね、星野」
「流石女タラシだよね」
「んなっ・・・・し、失礼なこと言うな!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ星野を無視して、夜天はちらりとコートに目をやる。そんな時、この寒さの中帰っていく
ような美奈子の姿が目に浮かんだ。


「・・・・・・風邪なんて引いてないといいけど」












次の日、一人で学校に登校していると、目の前にいつもの集団を見つけた。
しかし、うさぎと編み、まことの3人はコートを身につけているのに美奈子はコートをつけていない。
その時夜天は、あのコートの存在を思い出した。


「あれー?美奈子ちゃん、コート着てないけどどうしたの?」
「あ、あははー、昨日汚しちゃったからクリーニングに出してるのよ」
「えー!?今日すっごく寒いよ!平気なの?美奈子ちゃん」
「へ、平気平気・・・・・・っくしゅん!!」
美奈子はくしゃみを一つする。その体が微かに震えていた。夜天は軽くため息をつくと、たっと駆け寄った。
そして、美奈子の頭を後ろからポンッと叩いた。
「イタッ、なに・・・・・あっ、夜天くん!」
「・・・・ホント、馬鹿だよね。後々どうなるか考えてから貸せばいいのに」
「えっ・・・・わぷっ!」
美奈子が目をぱちくりさせると、バサッと顔に何かが降りかかった。慌ててそれを取る。
手には黒いコートがあった。でもそれは、自分のコートではなかった。
慌てて顔を上げると、夜天がさっきまで来ていたコートを脱いでいた。
「こ・・・・これ、夜天君の?」
「・・・・今日、あのコート持ってきてないから。荷物になるし。だから貸してあげる」
「で、でも、それじゃ夜天君が・・・・」
「僕はそんなに柔な体してないよ」
そう言うと、鞄を持ち直す。そしてチラ、と美奈子に目を向ける。



「・・・・・・・ありがと」
「え?」
「昨日は、ありがと」
「あ・・・・・」
「今度、取りに来てよ、コート。荷物になるから持ってきたくないし。それまでそれ貸しといてあげるから」
「い、いいの?」
「うん。じゃーね」
ひらひらと手を振ると、夜天はさっさと先に言ってしまった。後ろでは3人が美奈子を問い詰めている
ようだが、そんなこと、夜天の知ったことではない。
はーと白い息を吐くと、後ろから手が伸びてきて、がしっと肩をつかまれた。



「よっ、夜天」
「・・・・・せーや・・・・」
「いやぁ、お前も結構やるじゃん」
「・・・・・何のこと?」
少しむすっとした顔で夜天はため息をつく。すると、横で大気が少し笑った。






「荷物になる、なんて口実、よく言いますね、夜天も」
「・・・・・・・・」
夜天は少し顔を赤くすると、未だにくっついている星野を振り払ってさっさと先に言った。
後ろであの二人が笑っているのくらい分かっていたが、すたすたと歩いていく。
しかし、そんな状況でも思わず笑みがこぼれてしまうのは、近い未来に自分の家に訪れ
るはずの、彼女のせいなのだろう。











FIN




夜美奈初書きです。
夜天書いてる時はいつも、テニスの王子様のリョーマが思い浮かぶ・・・・
これで美奈子が純情可憐だったら、完璧リョ桜思い出すんですけどね(笑)