「黒るー、黒るー」
パタパタと音を立てて、ファイが走ってきた。ファイが小狼たちと買い物に
行っている間留守番を頼まれていた黒鋼は、怪訝そうな顔を上げた。
「なんだよ」
「ね、ね。これなぁに?」
「はあ?」
ファイが見せたのは、少し大きめの貝殻だった。
「ただの貝殻じゃねえか」
「違うのー。ほら、この中に入ってるやつ」
そういってファイは、ぱかりと貝を開けた。その中には、紅いものが入って
いて、黒鋼はそれを指で軽くすくった。




「ああ、こりゃあ紅だな」
「べに?べにってなぁに?」
「お前の国にはなかったのか?女が唇につけるもんだよ」
「えー、女の人専用?」
「ああ。それがどうかしたか?」
女性専用という言葉を聞いたファイは、ぷーっと拗ねた顔を見せた。
「実はねー、これ買い物中に商人のおじさんにもらったんだけどー、似合う
からってタダでくれたのー。それって、俺が女の人に見えたってことでしょー?」
それってなんかやだー、とファイは言った。そんなファイを見て、黒鋼は少し
だけふきだして笑った。





「・・・・でも」
「ん?」
「・・・・確かに、似合いそうだな」
「黒・・・えっ?」





黒鋼はファイが抵抗する前に、紅をつけた自分の指を、ファイの唇につけた。
「何すんのー」
ファイはごしごしと唇を拭う。
「勿体ねえな。つけてろよ」
「何で俺がつけるのさー。これ、女の人専用でしょ?サクラちゃんにあげるのー」
「あの姫にはまだ早ぇよ。これは大人の女がつけるもんだ」
「それでも俺は女の人じゃないから、つける必要はありませんー」
ぷーんっとファイはそっぽを向く。黒鋼はクッと笑うと、ファイの顎を掴んで、
自分の方に向かせた。




「黒りんっ・・・・もう、やだってばぁ」
やだやだとファイは抵抗する。そんなファイの抵抗などお構いなしに、黒鋼は
ファイの唇に紅を綺麗に塗りつけた。
「やっぱり似合うな」
「・・・も〜・・・・黒りんのばかぁ」
「似合ってんだからいいだろ」
「知りませーん」
すっかり機嫌を損ねてしまったようだが、もう諦めたのか紅を拭うことはしな
かった。黒鋼はそんなファイを引き寄せ、後ろから抱きしめた。




「・・・・ねえ、黒るー・・・」
「あ?」
「このべにってさぁ、黒みーの瞳の色と似てるねぇ」
「俺の?」
「うん・・・黒様の瞳は真紅の色でしょ?これも紅いからさー・・・・ん〜・・・
でも・・・・」
「なんだよ」
「このべによりも、黒りんの瞳の色の方が綺麗だね。俺、好きだよ。黒た
んの透き通った真紅の瞳」
顔を上げて、黒鋼の頬を撫でながら、ファイはにこーと笑う。それを見て
黒鋼は、ファイを自分の方に向かせ、紅がついている唇に口付けた。




「ん・・・・」
「・・・誘うような唇してるな」
「・・・黒りんがしたんでしょぉ」
「まあ、そうだけどな」
「ふふー、キスしたくなる唇?」
「ああ」
「わー、素直さんだー。じゃあ、いーっぱいキスしてもいいよー」
ファイは笑うと、目を閉じて黒鋼の首に腕を絡めた。黒鋼は目を細め
ながら、ファイの唇に口付けた。
「ん・・・・ふっ」
少し激しいキス。ファイが声を漏らすと、唇を軽く舐めながら黒鋼は唇を
離した。




「ぷはー、苦しかったー」
「大丈夫か」
「うん、平気だよー・・・・あ」
「ん?」
「・・・・べに、ついてる」
ここに、とファイは黒鋼の唇を指でなぞった。その指は少しだけ紅く染ま
った。すると黒鋼は手首を握って、その指を口に含んだ。
「ん・・・・」
ピクリ、とファイの体が跳ねた。




「こんな色より、もっとはっきりした紅色、体中につけてやろうか」
「いっぱい?」
「ああ」
「黒りんが作った、紅色だね」
クスクスと笑うと、ファイは軽く黒鋼の頬にキスをした。
すると、黒鋼の頬にファイの唇についていた紅が少しだけ移る。




「これよりも、きっと綺麗だね」
「当たり前だ」
はっきりというと、ファイは面白そうに笑った。




「いっぱいつけて?俺ね、この紅はベタベタしてちょっと苦手だけど・・・・
黒みーがつけてくれる紅は大好きだから」
紅がついた頬を指でなぞりながら、ファイは呟いた。







君が作ってくれる紅色はね、君の瞳の色と同じなの。
だからね、安心するんだよ。
君がいつも側にいてくれてるみたいだから。
こんな安っぽい紅なんかよりも




君がつけてくれる紅は、俺にとっては最高の大好きな証









FIN




ファイさんは絶対女装とか似合いますよね!
口紅はどちらかというと薄いピンク希望(笑)