チョコレートなんか大嫌い
がっちゃんがっちゃん
ぷしゅーっ、どかんっ
「・・・・・さっきから聞こえてくる、あの奇怪な音はなんだ?」
「よく分からないです。姫とファイさんが何かしているということしか・・・・・」
台所から聞こえてくる音を背後に、黒鋼と小狼はため息をついた。
「と、とりあえず、危険はないかと・・・・・」
「・・・・・今のところはな・・・・・」
えへえへと小狼が笑うと、黒鋼はやれやれというように先程よりも深く大きくため息をついた。
ごごご、どかんっ!
「わあっ」
「きゃーっ!」
「ひ、姫っ!?」
二人の悲鳴が聞こえて、さすがに小狼は立ち上がった。
「だ、大丈夫ですか、姫!」
「う、うん、大丈夫・・・・大丈夫だから小狼君はリビングにいてね」
サクラは笑って、黒い埃をまとった状態で小狼の背中をぐいぐいと押した。
台所から押し戻された小狼は、リビングで黒鋼とぽつんと二人残されてしまった。
「・・・・・ホントに一体何をしてるんだ、あの二人は」
「さ、さあ・・・・・」
「・・・・・家が壊れなきゃいいけどな・・・・・」
黒鋼は頬杖をついて、ふわあと一つ欠伸をした。
そしてそれから小一時間後。音はしなくなって、しんと静かになった。
聞こえてくる音といえば、微かな食器が重なり合うような音と水音。洗い物をしているのだろう。
「・・・・終わったんですかね」
「そうみたいだな」
「・・・・・・」
「・・・・気になるなら見に行けばいいだろう」
そわそわとした様子で台所を見ていると、黒鋼がため息をついてしっしっと手を振った。
小狼はかあ、と赤くなってぱちぱちと頬を叩いた。そして決心したようにがたんっと立ち上がって、
台所を覗きに行こうとした。しかし、台所に入る前にサクラとファイがぴょこっと顔を見せた。
「わっ」
「あ、小狼君」
「どーしたのー?小狼君」
「あ・・・・・い、いえ・・・・・えっと・・・・」
小狼がもごもごと口ごもっていると、ファイがクスッと笑った。
「まーとりあえず、サクラちゃん、お風呂にでも入ってこようね。小麦粉とかお砂糖だらけだし」
「うきゃっ」
サクラは今の自分の姿を見て、かあっと赤くなった。
「お風呂行って来ます〜!」
サクラはパタパタと走ってバスルームへと向かう。小狼がおろおろとしていると、ファイがクスクスと
笑った。
「心配しなくても大丈夫だよ。結構ぼろぼろになっちゃったけど」
「ぼろぼろ・・・・・」
「あはは、大丈夫だって。どこも怪我とかしてないし。それより小狼君、サクラちゃんの着替え、用意
してきてくれない?」
「き、着替えですか?」
「うん。あ、洋服だけでいいからさ。まとめてタンスの中に入れてあるから」
「は、はい、いってきます」
小狼は少し顔を赤くして、部屋を出て行った。
「あはは。小狼君は純情だねぇ」
「・・・・・ったく」
黒鋼が呆れたような顔を見せると、ファイはクスクスと笑って、黒鋼の隣に座った。
「・・・・なんだよ」
「んーん。あのねぇ、黒様」
「あ?」
「楽しみにしててね」
「・・・・・はあ?」
そしてサクラとファイがちゃんと身なりを整えると、ファイがサクラの背中をぽんと叩いた。するとサクラは
ファイを見上げて、少し顔を赤くする。そしてこくん、と頷くと、台所へと走った。
小狼がきょとんとした顔を見せるが、サクラはすぐに戻ってきた。そして顔を赤くしたまま、おずおずと小狼
にピンク色の包みを差し出した。
「・・・・・え?」
「こ、これ・・・・・作ったの。いつも、小狼君にはお世話になってばかりだし・・・・・・」
「お、俺に・・・・・ですか?」
「う、うん・・・・」
二人は揃ってかああ、と顔を赤くする。
「おーい。二人とも、固まっちゃってるぞー」
ぎしっと動かなくなってしまった二人に、ファイが言葉を挟む。それで二人はハッと我に帰った。
ファイはクスクスと笑うと、二人の方をぽん、と叩いた。
「小狼君、今日何の日か覚えてる?」
「え?」
「ホラ。今日はバレンタインデーでしょ?だからサクラちゃん、小狼君のためにチョコレート作ったんだよ」
「え・・・・・」
小狼がまたかあっと赤くなると、サクラもますます顔を赤くして、下を向いてしまう。
小狼は顔を赤くしたままだったが、少しだけ微笑んだ。そしてゆっくり手を伸ばし、そっと包みを手に取った。
サクラはぱっと顔を上げる。
「ありがとうございます。姫様」
「小狼君・・・・・・」
小狼が笑顔で受け取ってくれて、サクラは嬉しそうな顔をする。ファイはそんな二人からつつつ、と離れると、
ぐいっと黒鋼の腕を引いた。
「おい・・・・」
「しーっ。ホラ、邪魔しちゃ悪いから外に出てようねー、黒様」
「んーっ、夜風が気持ちいいなぁ。星空も綺麗だし。あっ、今日は満月だ」
気持ちが良さそうに腕を上に伸ばしていると、黒鋼がじろ、とファイを見た。
「・・・・おい」
「ん?」
「さっきのあれは、なんだ」
「さっきの?ああ、邪魔しちゃ悪いってやつ?もぉ、黒りんったら鈍いなぁ。あんないい雰囲気なのに、俺達が
いたら邪魔になっちゃうじゃない」
「馬鹿、違う」
「ん?」
「そっちじゃなくて・・・・・楽しみにしてろってやつ」
「楽しみに・・・・・ああ、あれ」
ファイは思い当たったように、ぽんと手を叩いた。そしてにこ、と黒鋼に微笑むと、ファイは腕にかけていた
紙袋から、サクラと似たような包みを取り出して、黒鋼に差し出した。
「・・・・・あ?」
「ハッピーバレンタイン、黒るんvv俺からの愛のバレンタインプレゼント」
にっこぉ、と満面の笑顔を見せると、黒鋼は目を丸くした。
「・・・・・俺にか?」
「そうだよぉ。バレンタインは、大好きな人に贈る日でしょ。俺が黒りんに贈らなくてどうするのさ」
クスクスと笑って、ズイッと包みを差し出す。黒鋼はじっとそれを見下ろすと、その包みに手を添えた。
「・・・・言っとくが」
「ん?」
「・・・・俺は、甘いものが嫌いだ」
「ああ、うん。知ってるよ」
にこ、と笑うと、ファイは無理やり包みを黒鋼につかませた。
「知ってるから、あけてみて」
「・・・・・」
この余裕たっぷりの笑みはなんなんだ、と思いつつ、黒鋼はリボンを解いて包みを開けた。
「・・・・・これ・・・・・」
「えへへー。甘いものが大嫌いな黒様のために、俺特製のハート型のパンなのです」
中にはちょうど手のひらに納まるくらいのサイズのパンが、何個か入っていた。黒鋼はそれを
一つ手に取ると、ファイは笑って黒鋼の手を取って、むぎゅっと黒鋼の口に押し込んだ。
「甘さはね、結構控えめにしてみました」
「・・・・・」
もぐ、と黒鋼は口を動かした。そして口からパンを離すと、もぐもぐと口の中に納まったパンを噛んで、ごく
ん、と飲み込んだ。
「美味しい?」
「・・・・・悪くない」
黒鋼なりの素直な感想だった。ファイは満足そうに笑うとぴとりと黒鋼にくっついた。
「ホントはねー。あま〜いチョコレートあげて、ちょっと嫌がらせしようかなって思ったんだけどね」
「・・・・おい」
黒鋼が嫌そうな顔をすると、ファイはクスクスと笑って、黒鋼の胸にぽすん、と頬を寄せた。
「でもね。黒りんにちょっとでも喜んでほしかったから、悪戯やめちゃった」
「・・・・・・・」
「あ、感動した?」
「・・・・・・・アホか」
「あはは」
やっぱり?とファイは黒鋼にくっついたまま笑う。
すると黒鋼は、手に持っているパンをパク、と口に運ぶ。そして少しもぐ、と噛むと、ファイの頬に手を
添えて顔を上に上げた。そしてそれと同時に少し屈んで、ファイの唇にそっと口付けた。
「んっ・・・・」
黒鋼の体に添えているファイの手がぴくん、と震えた。そして黒鋼の口の中に会ったパンがファイの口の
中へと運ばれた。ファイはそれを思わずごくん、と飲み込んだ。
「けほっ・・・・・」
「大丈夫か」
「ん・・・・平気だけど・・・・黒様、いきなりだよぉ」
「礼だ」
ふい、と顔をそむけて黒鋼はファイを離す。そして背を向けるとまたパンを一つ取り出して、ばくっと
食べた。ファイはクスッと笑うと、黒鋼の腕に抱きついた。
「今のお礼も嬉しかったけど・・・・でもやっぱりホワイトデーは頂戴ね」
「はあ?」
「次元の魔女さんが言ってたでしょ?ホワイトデーは三倍返しが常識なんだよ」
ファイはクスクスと可笑しそうに笑って、少し背伸びをして黒鋼の唇に軽くキスをした。
FIN
2006年バレンタイン小説です。
小サクも大好きなので入れちゃいましたvv