きすぎて、方ない



今日は血盟城に来ている。渋谷はいつもどおり、執務に追われていて忙しそうだった。
僕は得にすることもなく、部屋で本を読んでいた。渋谷は、手伝え白状者〜ってうるさかったけど。
でも、悪いけど今は、渋谷の仕事を手伝うほど、心に余裕がないんだ。
まあ勿論、そんな様子を他人にさらけ出すつもりなんかないから、見た目はいつも通りの僕を演じて
るんだけど。
渋谷はそれに気づいてない。気づかせるつもりもない。そんなカッコ悪いこと。
僕は一つ息を吐くと、読んでいた本を閉じた。
いや、正確には、読んではいない。文字が並んでいるのを見ていただけ。結構好きな本ではあるけれ
ど、今は文字を頭の中に入れる気になれない。
好きなはずの読書も、友人をからかうことも、心が落ち着くはずの散歩も、今はしたくない。




だって、隣にいてほしい奴がいない。




ヨザックは今、ウェラー卿と一緒に、人間の街へ視察に言っている。
海の向こうにあるその国に行くから、2、3週間は帰ってこれないと言っていた。
そして、あいつに会えなくなって2週間になる。
僕はベッドに寝転がって、枕に顔を埋める。1週間前にした香りが、今は消えている。
・・・・早く帰ってきてよ。決して誰かに言うつもりはないから、僕は心の中で呟いた。
間抜け、アホ、筋肉馬鹿。オレンジ頭の気分屋。思いつく限りの言葉を思い浮かべてみる。
・・・・・何やってんだ、僕。子供じゃあるまいし。・・・・まあ言葉に出さなかっただけ自分を褒めてあげよう。
僕ははあ、とため息をついて目を閉じる。



眠っている間に、君の夢を見られたらいいのに。そして、眠っている間に、君のいない時間が過ぎれば
いいのに。
起きたら、おはようございますって言う君が見たい。声が聞きたい。



・・・・ああ、いつの間に、あんな馬鹿のこと、こんなに好きになっていたんだろ。











「あ、こんな所にいた」
ガチャッとドアが開いて、声が聞こえる。
あのね、魔王様。部屋に入る時はノックくらいしてよ。まあ、なんか言葉にするのも億劫だったから、僕は何も
言わなかったけど。
「なにー?不貞寝してんの?」
近づいてきて、僕の跳ねた髪をつんつんと引っ張る。
やめなさい。怒るよ?渋谷君。
なんて想ってたら、渋谷がクスって笑った。なんとなくムッときたけど、やっぱり枕から顔を上げる気は起きない。




「天気いいよなぁ」
はい?何さ、急に。
「こういう日ってさ。一番好きな奴と一緒にいたくならないか?」
「・・・・・・なにが言いたいの?」
僕の神経逆撫でしてんの?僕はむっつりと渋谷の方を向いた。すると、渋谷はにんと笑って僕の額をピシッと
指で弾いた。





「可愛く不貞寝してる大賢者様に教えてやるよ」
「は?」
なにそれ?そんなこと言うと、フォンビーレフェルト卿に殺されるよ?
その時、告げ口してやろうかなんて想ったけど、渋谷はそんな気を消せるくらいの言葉を、僕の耳元で囁いた。











「帰ってきたぜ。お前が一番会いたがってる奴。今、門の所にいる」





一瞬、思考が止まった。目を見開いて、体が硬直したのが分かる。
だけどすぐにそれは解けて、僕はガバッと起き上がって、気がついたら僕は部屋を飛び出していた。
















城の廊下を、息が切れるくらい走る。かんかんって靴音が響く音が聞こえる。
僕は初めて、この城の広さを恨んだ。
すると、窓の向こうから声が聞こえた。僕がこの声を聞き間違えるわけがない。
窓を全快まで開けて、体を乗り出した。
門から近い、この3階の窓。そこから、ひときわ目立つオレンジ頭がすぐに目に入った。





「ヨザック!」
僕が思いっきり呼んでやると、ウェラー卿と話していたヨザックが、僕の声に気づいたのか顔を上げた。
あ、怪我してる。頬に絆創膏、腕に包帯・・・・
危険な目にあった?体、痛いの?
聞きたいことが、たくさんあった。
だけど、その思いを吹き飛ばすくらいの笑顔で、ヨザックが手を振った。






「猊下!」
・・・久しぶりに聞いたこの声。
ああ、しまりのない顔。嬉しそうにしちゃってさ。
でも、僕もきっと君と同じくらい・・・・ううん、君以上に、きっと嬉しい。





「猊下、身を乗り出しちゃ危ないですって」
僕がいる窓の下に来て、ヨザックはちょっと慌てたように言う。
別に落ちやしないけどさ。だけど・・・・僕はちょっと考えると、にっと笑った。
「ねえ、ヨザック」
「はい?」
「今からちょっと命令するけど、体は平気?」
「は?命令って何の・・・・・・って、猊下っ!?」
ぷぷ、間抜けな声。まあ、僕が足を窓の淵にかけたから当然か。
「怪我してるみたいだけど、僕を受け止めるくらい平気だよね?」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと!んなことしたら危なっ・・・!」
「大丈夫だって。優秀な庭番が受け止めてくれるから。と、言うわけで命令。僕を受け止めてよね、ヨザック」
僕は笑うと、ひょいっとその場から飛び降りた。
あ、下でヨザックが慌てふためいてる。へえ、結構落ちる時間ってゆっくり感じるものなんだ。
なんて思ってると、僕の体は結構勢いよくヨザックにどさっと抱きとめられた。





「げ、猊下っ!なんつー危ないことをしてるんですか!俺は心臓が止まるかとっ・・・・」
「しょうがないじゃん。3階分の距離、早く縮めたかったんだから」
「・・・・・え?」
あ、きょとんとしてる。何のことか分からないの?一応優秀な庭番さん。
仕方ないな。大賢者自ら教えてあげましょう。
・・・・・今日くらいは・・・・・・素直になってもいいかな。








「ヨザック」
「は、はい?」
「すっごく会いたかった」
「・・・・・・え・・・・・・」
「会いたくて、君に触れたくて、仕方なかった。だからこんな無茶をした」
「猊下・・・・・」
「でも・・・・・ごめん。怪我してたんだろ?痛くない?」
頬に貼られてる絆創膏を指でなぞる。すると、ヨザックは笑って僕のその手を取った。




「これくらい、なんともありませんよ」
「ホントに?」
「ホントです。猊下には嘘は申しません」
「・・・・・・うん」
僕はぎゅっとヨザックの首に手を回してしがみついた。







ねえ、僕はね。ずっとこの体に触れたかった。
ずっとこの声を聞きたかった。
このオレンジ色の髪に指を絡めたかった。
君も、そんな風に思ってくれる?








「・・・・・・あー・・・・ヤバイです、猊下」
「ん?」
「俺・・・・・・ホントに、猊下が好きで好きでたまりません」
「なんだ。別にやばくないよ。っていうかもっとなって」
「いいんですか?これ以上好きになったら俺どうしたらいいかわかんなくなっちゃいますよ」
「いいよ。僕だってそうなんだから」
「・・・・猊下」
「君がいない間に気づいた。僕もさ、ほんとに君が好きで好きでたまらないみたい」





本当は、もっと前から気づいてたのかもしれないけど。
でも、はっきり気づいた。
君のことが、僕は本当に好きなんだ。









「お帰り、ヨザック」
「・・・・・・ただいま帰りました。猊下」









猊下、偽者注意報;;