■ 呪縛 〜和解〜 ■





加減も忘れて飛び込んだ部屋。
そこには、ぼろぼろと涙を流す猊下と、そんな猊下を組み敷いているサラレギー陛下の姿があった。
「・・・・ヨザック・・・!」
「っ・・・・!!」
ベッドの側に散らばった衣服。濡れた下半身。
全てが信じたくないものを肯定させているようだった。
体中の血が沸きあがってくるようで、怒りを体の中に納めるので精一杯だった。

「っ・・・猊下を、離せ」
「・・・・・嫌だよ」
不敵に笑うと、サラレギー陛下は猊下に深く口付ける。その行為でかあっと頭に血が昇って、二
人の所に駆け寄ろうとした。
だけど、サラレギー陛下はそんなスキを作らせないように、猊下の喉元にぴたりと短剣を押し付けた。



「なっ・・・!!」
「それ以上近づいたら、殺すよ」
「っ・・・・やめろ!!」
「言っておくけど、冗談じゃないよ?僕はね。手に入らないのなら、愛するものを殺したっていいん
だ。そうすれば、一生僕のものになる」
冷たい、氷のような瞳。思わずぞくりと鳥肌が立った。
「ユーリも来ているのかな?・・・・来てるよね。ユーリの性格からして、親友が危険な目にあってる
かもしれないのに、黙って見てるわけがないし。どこにいるのか知らないけれど、君も含めて、立
ち去ってくれないかな?」
「っ、そんなことは・・・・」
「出来ない?じゃあここで、大賢者様に死んでもらおうか」
「や、やめろ!!」



だめだ
だめだ


それだけは、やめてくれ


頭の中がぐちゃぐちゃで、もう訳が分からなくなってきて
どくどくと、心臓の動きが早まる。


そして、ぴたりと押し付けた短剣の先が猊下の白い肌を小さく傷つけて、そこから一筋の血が流れた。
「っ・・・・!!」
それを見た瞬間、自分の中の何かが壊れた気がした。
プツン、と音を立てた気がした。


ユルサナイ


そう、思った。




その瞬間、意識が途切れた。









☆ ★

ぴたりと首筋に当たる冷たくて固い感触。そして、ピリッと痛みを感じて、何かが流れ落ちる感覚。
頭ではあまり覚えてないが、体が覚えてる。この冷たい感触には、嫌な事に記憶があるんだ。
ダメだ。あの時、あんなにヨザックを傷つけた。またこうして血を流すことで、彼の傷ついた顔は見
たくない。
「離して、サラッ・・・・」
抵抗しようと腕に力を込めた。するとその時、体にざわっと妙な感覚が走った。
この力は。



「・・・・ヨザック!?」
「うっ・・・・・はあっ・・・・!」
ヨザックが自身を抱きしめながらしゃがみこむ。
この感じには覚えがある。ヨザックを取り囲む、この気配。この力。








まさか




ふと頭に過ぎったものを言葉で出す前に、船が大きく揺れた。僕とサラレギーの体も揺れ、サラ
レギーは僕を抱いたままベッドにつかまる。
「何だ・・・?」
「・・・・・を・・・・・なせっ・・・・・」
「ヨザック!」
「猊下を離せ!!」
ぎっと睨んで来るヨザックの目はとても怖かった。鋭い目線で、僕たち・・・・いや、サラレギーを射
抜く。僕は思わずびく、としたが、サラレギーはヨザックを睨んだまま平然とした顔をしていた。
大きく船が揺れ、どこからか爆発音が聞こえた。どこかにいるという渋谷たちがしたわけじゃない。
僕たちがここにいるのに、そんなことをするような奴じゃないから。じゃあ、これは・・・・・


「ヨザック・・・?」







君が、やってるの?
・・・・ううん、違う。
この力。この気配。
間違いない。


「やめて・・・・・ヨザックにこんなことさせないで、眞王!!」
僕は力の限りに叫んだけれど、揺れも爆発も、止まらなかった。





「放して、サラ!このままじゃ船が・・・・・船が沈んじゃう!」
「・・・・・・・」
「ヨザックを止めないと・・・・・・僕が止めるから、だから離して!」
「・・・・・そういわれて、僕が離すと思う?」
「っ・・・サラ・・・・・」


僕は縛られた腕に力を込める。だけど、自由になれそうもない。
このままじゃ、船は沈んでしまう。ヨザックも僕たちも、みんな死んでしまう。
僕はヨザックに、そんなことさせたくない。
「このままじゃ、君だって死んでしまうんだよ!分かってるの!?」
「いっただろう?僕は死など恐れていない。むしろ君と死ねるのなら、この上ない幸福じゃないか」
「なっ・・・・・」
「・・・・・君は、僕のものだ。もう誰にもやらない」
そう言って、ぎゅっと抱きしめるその腕は、今までのどんなものよりも優しかった。言葉も、どこか
切なくて、僕は一瞬言葉を失った。
だけど、再び鳴り響いた爆発音にハッと我に帰り、その腕の中で暴れる。
「離してっ・・・・!お願い、ヨザックにこんなことさせたくないの!だからっ・・・・・んっ!」
ぐいと顎を引かれて、口付けられる。
深い、深い口付け。息苦しさに眩暈がしそうになったけど、僕は我に帰って、サラの唇に思い切り
噛み付いた。
「つっ・・・!」
鉄の味が口の中に広がる。僕は一瞬の隙をついてサラレギーを突き飛ばした。そして、口元をグ
イッと手の甲で拭いながら、ヨザックに駆け寄る。



「ヨザック、しっかりして!!」
目の前のヨザックに手を伸ばす。だけど、触れた瞬間、体中に電流のようなものが走った。
「うあああっ!!」
どさりと尻餅をつく。体中に、電気の感覚が残る。
「・・・・なに・・・・今の」
はあはあと息が乱れる。だけど、苦しんでいるヨザックを放ってはおけない。僕はもう一度体を抱え
てしゃがみこんでいるヨザックの肩に触れた。
「あああっ!!」
また、体中に痛みが走る。バリバリと音が聞こえる。だけど、こんなものに構ってなんかいられない。
目の前で、ヨザックが苦しんでる。僕が動くのに十分な理由だ。僕は震えた手でヨザックの服を握
り締める。がくがくと震え、いろんなものの感覚がなくなってしまうようだ。


だけど、そんなこと気にしてる暇なんかない。
今は、この力を止めなきゃいけない。
このままでは、船が沈む。・・・・ううん。それ以前に、ヨザックにこんなことしてほしくなんかない。
僕はヨザックの体へと手をかける。さらに痺れる感覚に陥るけど、僕はそのままヨザックを抱きしめた。
「ヨザック・・・・僕ならここにいるよ・・・・・大丈夫だから・・・・・」
「・・・・・あ・・・・・」
「ね・・・?大丈夫。大丈夫だから・・・・・」

だから、お願い
目を覚まして
僕を見てよ







「ヨザッ・・・・ク・・・・・」


体の力が抜けていく。立っていられなくなる。
でも、伝えたい。



「愛し・・・・てる・・・・・・」


他の誰でもない。君だけを愛してる。
愛しすぎて、もうどうにかなってしまいそう。
お願い。どうか気づいて。



「・・・・・猊・・・・下・・・・・」


ふっと体から痺れが消え、揺れが収まる。震えて顔を上げると、ヨザックが呆然とした顔で僕のこ
とを見てた。
・・・・・よかった。ヨザックだ。
「ヨザ・・・・・よかっ・・・・」
頬に手を伸ばそうとしたけれど、力が入らず、下へと落ちてしまった。
「猊下!!」
「はあっ・・・・」
「猊下・・・!!」
強く抱きしめられる。僕も震える手を伸ばして、ヨザックの背に抱きついた。


「猊下、俺・・・!」
「いいっ・・・・もう、いいから・・・・」


お願いだから
もう、いいから
この腕を放さないで



かたり、と音が聞こえる。僕はハッとして振り向くと、サラレギーが刀をテーブルの上に置いたのが
分かった。ヨザックが僕を抱きしめる力を込め、サラレギーを睨みつける。すると、サラレギーはふ
う、と一つため息をついた。
「どうしてだろうね・・・・・」
「え?」
「どうして君は、僕のものにならないのだろうね」

どきん、と胸がなった。
ときめいたわけじゃない。ただ、サラレギーの言葉が、重く心に残ったから。




「・・・・・初めてだね」
「え?」
「君が言葉に、心を残してくれたのは」
「・・・・・・どういうこと?」
僕はす、とヨザックから離れる。ヨザックは心配そうな顔をするが、僕はヨザックのほうを振り向い
て笑い、きゅっと手を握った。


「いつも思ってた。君の言葉には、いつも心がないって。好きだと言われても、僕の心には残らな
かった。淡々とした、ただの言葉にしか聞こえなかったから」
「・・・・・」
「でもね。今の言葉は、すごく心に響いた。それから・・・・さっきもかな。君が僕を無理やり抱こうと
したとき。君の表情が、とても心に残った。すごく、寂しそうだと思った」
「・・・どういうこと?」
「なんとなく、そう思ったんだ。そしてね、可哀想だなって思った」





「愛する方法を、知らないんだよね・・・・・サラは」


サラは目を見開く。ヨザックも、後ろで少し驚いている様子だった。ボクはぎゅっと手を握って大丈
夫だという意思を示す。
大丈夫・・・・大丈夫。
ボクはまだ、喋れる。大丈夫だから。
「だからね、可哀想な人だと思った。愛したことがないから、愛する方法を知らない。愛して、どう
すればいいか分からない」
「・・・・・・・」
「人を愛してどうすればいいかなんて、誰にも分からない。だけど、やっちゃいけないことはある。
君はその、やっちゃいけないことをやった」
「やってはいけないこと・・・?」







「・・・・・・・・相手を、思いやる心を、持たないことだよ」




相手の気持ちも考えず、ただ自分だけの意思を突き通す。
決してやってはいけないこと。
簡単そうで、当たり前みたいで・・・・・でも、とても難しいこと。
だって、誰だって自分が一番なんだ。他人のことを思いやるって口では言っても、結局は自分が
一番可愛いんだ。
だから、その心を忘れてしまう。
「自分が大切だって思うことは、いいことだと思う。でもね、相手を大切って思う心も持たないと、人
を真に愛することは出来ないよ」
「・・・・・・・・」
「ね。また一から始めてみよう?僕は・・・・・気持ちに応えてあげることは出来ないけどさ。でも、きっ
と見つかるよ!君だけの大切な人」
サラに向かって手を伸ばす。
うん・・・・怖くない。怖くないよ。
ホラ、もう一度。僕も、君と一から始めてみたい。
君を完全に許すことは出来ないかもしれないけど、時間をかけて、少しずつ。
君のことを分かっていきたい。


「・・・・・・お人好しだね」
「え?」
「ボクにあんなことされ続けて、そんなこと言えるの?」
「・・・・・・・・」
「僕の幸せを願うって言うの?」
「・・・・・・いけないことかな?」
「・・・・・・信じられないことだよ」
「・・・・・・そうかもね」



ボクも自分がちょっと信じられない。
決して許すことの出来ない存在だと思ってたのに。
でもね・・・・・きっと、やり直せると思う。
だって、道は進んだら後戻りできないことはないんだもの。
また戻って、最初から歩き出すことは出来るから。
たとえ時間がかかっても。
だから、サラのこともきっと・・・・・大丈夫だと思う。




「ヨザック、帰ろう」
「猊下・・・・・」
自分の衣服を拾い集める。よいしょ、と持ち上げるとヨザックが手を伸ばしてそれを持ち上げる。
「持ちますよ。隣室で着替えましょう」
「うん」
ボクは毛布を巻きなおすと、もう一度サラの方を振り向いた。
「僕、もう行くね」
「・・・・・・・・」
「渋谷には、僕がちゃんと行っておくから。また眞魔国にも来てよ」
「・・・・・また、襲われたらどうする?」
サラがふっと笑いながら聞いてきたから、僕はちょっと目を丸くしてしまった。
だけど、すぐにふっと笑えた。


「襲われるのは、もうごめんだよ。今度は、ちゃんと抵抗するからね!」







だから、大丈夫。
僕はもう、大丈夫。
きっと、強くいられる。


「行きましょう、猊下」
「・・・・うん!」

だから帰ろう
眞魔国へ