■ 呪縛 〜帰還〜 ■




ヨザックと一緒に隣室に入る。後ろを向いてて!とヨザックにきつく言って、僕は持ち出した服を着
込む。よれよれになった服を着て、ふうと一つため息をつくと、突然後ろからふわりと抱きしめられた。





「・・・・・・・・・ヨザック?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・・・ちょっと、妬いてるんです」
「妬いてる?どうして?」
「・・・・・猊下が、あまりにも優しいから」
何を言ってるのかよく分からなくて、僕は首をかしげた。すると、くるんと体をヨザックの方に向けら
れる。ヨザックのむぅっと拗ねた顔が見える。なんだか子供みたいで、思わずぷっと噴出した。
すると、ますます拗ねた顔をして、ヨザックは広い胸の中にぼふっと僕を抱きこんだ。
「うぷっ」
「やっぱりズルイです」
「だから何が?」
「優しすぎます、猊下。何で許せるんですか。サラレギー陛下のこと」







・・・・・・・ああ、あのこと。





「・・・・・・許してないよ」
「え?」
ヨザックが僕をぱっと離す。顔を見合わせると、僕は一つため息をついた。
「だから、許してないっていったの。当たり前だろ。あんなことされ続けたんだから」
「だってさっき・・・・・・・・あれ、もしかして嘘ですか?」
「嘘じゃない。さっき言ったことは本音」
「じゃあ・・・・・・」
「でも、僕今までしてきたことを許すなんて一言も言ってないでしょ?」
「・・・・・・まあ」
「許してないよ。多分、一生許せない。でも、また一からはじめたいって言うのも本当。あんなこと
される前、別にサラレギーのこと嫌いじゃなかったしね。その頃には戻りたいなって思う」
「・・・・・・・」
「自分でも、矛盾してるなって思うよ。多分この先、自分の身を犯されたことを許せる日が来ること
はない。だけど、やっぱり悲しいじゃない。嫌いなままでいるなんてさ」
「そりゃ・・・・・そうですけど」
「だから、許せることは出来なくても、嫌いって気持ちを消すことは出来るかなって思うんだ」






本当に出来るかどうかなて分からない。でも・・・・・・・でも、そうすることが出来たら素敵でしょう?
だから、そうやって過ごす事が出来たらなって思うんだ。
僕が笑うと、またヨザックに抱きしめられた。そして、頭を撫でられる。







「・・・・・・なぁに?」
「やっぱり妬けます」
「・・・・・そうですか」
「そうですよ」
クス、と笑いが漏れる。すると、ヨザックも笑った。






「ヨザック」
「なんですか?」
「助けに来てくれて、ありがとう」
「・・・・・猊下」
「すごく嬉しかった。ありがとう」
「・・・・俺の方こそ」
「え?」
「俺のこと、止めてくれたでしょう?自分の身を省みず」
「・・・・・・・あ」
「貴方を守る立場で、こんなことを言ってはいけないかもしれませんが・・・すごく嬉しかった
です。ありがとうございます」
「・・・・ううん。それにあれ、眞王の仕業だろうし。ごめんね」
「猊下が謝ることじゃないですよ。それより、お体は大丈夫ですか?」
「ん、平気」
「じゃあ、そろそろ行きましょう。陛下達の船が近くで停船してる筈です」
「うん」
ヨザックにてをひかれて、部屋を出ようとする。だけど、体が急にがくんっと揺れて、僕はその場に
ぺたんと座り込んでしまった。





「猊下!」
「・・・・びっくりした」
「びっくりしたのはこっちですよ。大丈夫ですか?」
「うん・・・・・でも、やっぱり体に力が入らないみたいだ」
思ったより、体力を消耗しているみたいだった。情けないな、全く。
自己嫌悪になってため息をつくと、ヨザックが苦笑した。そして僕に手を伸ばして、ひょいと軽々、
僕のことを抱き上げた。
「わっ!!」
「しっかりつかまっててくださいよ」
「ちょ、ちょっとヨザック!下ろしてよ!これは恥ずかしい!!」
「なんでですか?」
「な、何でって・・・・」
「これ、恋人同士の定番の抱き方でしょう?さ、行きましょう」
僕の返事も待たず、ヨザックは部屋を出た。僕を抱えているのにまったくスピードは衰えていない。
この力はどこから来るんだか。やっぱり筋肉のおかげ?





「・・・・・重くないの?」
ヨザックの服をきゅっと握りながら聞くと、ヨザックは笑った。
「いいえ、全然。猊下は軽いですね。羽根みたいだ」
転がっている障害物をひょいっと飛び避けて、ヨザックは言った。
じっと見上げると、すぐそこにヨザックの顔があって。
手を伸ばすとすぐそこにヨザックの体温があって。
すごく安心する場所が、ここにあった。

嬉しかった。















■ □

渋谷たちの船に拾ってもらい、まずは渋谷の熱い抱擁を受けた。
そして、ほんとに心配したんだからな!とかお説教をくらった。
「いいか、村田!俺はお前がどんな奴だろうが、絶対軽蔑なんかしないから!!だから、これから
はもっと俺の・・・・ううん、俺達のこと信用しろ!!分かったな!?」
「・・・・・・・うん。ごめんね、渋谷」
僕が謝ると、渋谷は目にじわ〜っと涙を浮かべて、もう一度抱きしめた。状況が状況だからか、
フォンビーレフェルト卿も浮気者!とは叫ばなかった。
「渋谷、帰ろうか」
「え?」
「眞魔国に!」
「・・・・ああ!!帰ろう!」




あの国には、みんなが待ってる。ずっと待っててくれてる。
僕の大好きな国。
四千年間、愛した国。






「よし!眞魔国へ面舵いっぱーいっ!」
叫びながら、渋谷やフォンビーレフェルト卿は船首へと行く。僕はそれを笑って見送る。すると、ふと視線の
端に、ヨザックの姿を見かける。ウェラー卿と話してるから邪魔しちゃ悪い・・・・と思った。










だけど、ヨザックの姿が一瞬すうっと消えたような気がした。










「っ!」
僕はヨザックの元へと駆け寄る。そして広いその背中へぎゅうっと抱きついた。
「え、猊下!?」
どうしたんですか、と慌てた様子で問うが、僕は応えられなかった。















・・・・・・そうだった。
僕が無事に帰るということは
愛した国へと戻るということは
それは、つまり













ヨザックとの別れを、意味しているんだった。