眞王が呼んでるんだ

猊下のその言葉は、一瞬意味が分からなかった。






Last quarter 2





「・・・・どういうことですか」
声が震えているのが分かる。
だって、猊下の言っていることが分からない。
いや、分かってるのか。だからこんなに震えるのか。
ああ、もう。頭が混乱している。
落ち着け、落ち着け。
その時俺は、よっぽど情けない顔をしていたのか。猊下はくすっと笑った。






「そんな顔しないで」
「猊・・・」
「君にそんな顔は似合わない」
そう言ってくるりと背を向ける。
俺から離れたその時、猊下の姿が消えていくような気がして。俺は猊下の細い手首を
掴んだ。
猊下は驚いた顔で振り向く。俺はそのまま猊下の体を強く抱きしめた。






「いたっ・・・・ヨザッ・・・!」
「・・・・・嘘だ」
「・・・・ヨザ・・・・」
「また、俺のことからかってるんでしょ?そうなんでしょう?」
「ヨザック」
「そうだよって言ってくださいよ・・・・お願いですからっ・・・・!」







いつもみたいに、笑って
冗談に決まってるでしょって、俺をからかって
お願いですから







「ヨザック」
腕の中から名前を呼ばれ、俺は猊下を少しだけ離す。猊下は顔を上げて、俺を見上げてきた。
猊下は、笑ってた。でも、いつもの笑顔じゃなかった。
困ったような、笑顔。
違う。俺が見たいのは、こんな笑顔じゃない。









「ごめんね、ヨザック」
俺が聞きたかったのは、こんな言葉じゃないんだ。







「この間、夢の中で眞王に呼ばれてね」
ベッドに座って、猊下は語った。
「こっちでやることはない。もう戻ってこいって言われちゃった」
「なっ・・・・そんな理由なんですか!?」
「そんなもんだよ。僕は渋谷を助けるためにここにいる。でも、渋谷はもう立派な魔王に
育った。だったら、僕がここにいる理由はもうない」
「そんなことありません!!猊下がここにいるのは、決して陛下を守るためだけじゃない
です!」
「・・・・ヨザック・・・・」
「貴方は・・・・生きてるんだ。今こうして、俺と話してる。眞王と大賢者の誓いなんて知ら
ない。貴方は、村田健っていう一人の人間じゃないですか」
「・・・・・・」






ああ、情けない。
俺は今、どんな顔をしている?どんな声を出している?
俺は猊下の肩に顔を埋めた。猊下はそんな俺の頭を優しくなでてくれた。





「ありがとう・・・・僕のためにそこまで想ってくれるのは、とっても嬉しい。でもね、ヨザック。
僕は眞王に逆らえない。僕も、逆らおうなんて思ってない。恨んでもいない。むしろ、感謝
してるくらいなんだ」
「感謝・・・?」
俺は顔を上げた。猊下は笑って、俺の頬に手を寄せた。







「眞王は、僕をヨザックに出逢わせてくれた」




「それだけで十分だって、僕は思うんだ」







そんな風に笑わないで
俺と出逢ったことで十分なんて
そんなこと言わないで








「泣かないで、ヨザック」
「猊下・・・・」
「大丈夫。僕は消えるけど、きっと大丈夫」
「何が・・・・ですか・・・・?」
「全てが、だよ」
猊下は俺の目元をぐいぐいと擦って涙を拭った。








「僕は君を信じてるから」








・・・・・笑わないで
そんな風に笑わないで
貴方がそんな風に笑ったら
俺だって笑わなきゃって思ってしまうから
笑いたくない
もう少し、泣いていたい
貴方のそんな悲しい運命、受け入れたくない
だけど、貴方がそんな風に笑うから







「そうだよ、ヨザック。笑って」




貴方が好きだと言ってくれた、俺の笑顔も咲いてしまうんだ