誰にも言わずに、消えてしまおうかと思ったけれど

たった一人の貴方と、やっぱりお別れがしたかったから








Last quarter 3






「げーいか」
ひょこん、とオレンジ頭が顔を覗かせる。窓からだ。いつもなら図々しくドアからばー
んっと入ってくるのにね。
「体の具合はどうですか?」
「うん。一応良好かな」







ヨザックに自分の運命を話してから1週間。僕の体は着々と終わりを迎えていた。
3日前に貧血で倒れた。今では立ち上がることさえ困難だ。
渋谷たちには適当にごまかした。僕が消えることは言っていない。どうして、とヨザックは
問うけれど、僕は言うつもりはないと答えた。
だって、渋谷が知ったら自分の身を削ってでも何とかしようとするからね。
僕がそう言って笑うと、ヨザックは少しだけ笑った。
ずるい人だ、と。
そうだね。そうなのかも、しれない。








「ドアから入ってくればいいのに」
「入れるものなら入ってますよぉ。でも、今ドアはばっちり見張りがついてますからね。
俺みたいな身分の者は入れないんです」
「そうなの?じゃあ今度見張りの兵に言っておくよ。ヨザックなら入れても構わないってね」
「いいですよ。ここからでも十分お話できますし。余裕でこっちからでも入れますからね」
ヨザックはひょいっと窓から中に入ってくる。行儀が悪い、と僕が笑うと、ヨザックも
笑ってくれた。







よかった。ヨザックが笑ってる。
この間、初めて彼の泣き顔を見た。
僕のせいだった。
綺麗な涙を、僕のせいで流させてしまった。






「ねえ、ヨザック」
「なんですか?」
「・・・・何でもない。呼んだだけ」
クスクスと笑うと、ヨザックはきょとんとして首を傾げてくる。そんな彼がおかしくて、
僕はまた笑った。










こんな日々は、もう長くは続かない。
僕の生はもうすぐ終わるけれど
きっとこの瞬間は永遠に僕の中で輝く






■ □



ごほっ、ごほ・・・・
席が酷くて眠れない。僕は何度も咳き込みながら、ベッドに横になる。だけどすぐにごほ
ごほと咳き込んで起き上がる。それの繰り返しだった。
胸が苦しい。息をするのが億劫だった。
僕はぎゅっと枕を握り締める。
もしかして、今日が最後の日なのかな。
もし、そうなら・・・・・・






もう一度、ヨザックに会いたかったな。







あの笑顔を、もう一度見たかったな。















「猊下」






「・・・・・ヨザ?」


・・・・すごいな。奇跡が起きた。今君が、僕の目の前にいる。
「苦しいんですか?」
「・・・・・・どうしてここにいるの?」
「え?あ、いや・・・・・なんか猊下が呼んでるような気がして。って、そうじゃないで
しょ。苦しいんですか?猊下」
ヨザックは僕の背を支えながら体を起こす。僕がまたごほごほとセキをすると、ヨザックは
心配そうに背中をさすってくれた。
「何か、飲み物を飲まれますか?」
「平気・・・・・それより、もう少しこのまま・・・・」
僕はヨザックの服をぎゅっと握り締めた。







その時、背中にぞくりとする感覚が走った。
この感覚は、知っている。






・・・・ああ、そっか。






「・・・・猊下?」
「・・・・ヨザック・・・・・今日はずっと、ここにいて」
「え・・・・」
「・・・・・最後だから」
「っ・・・・」
ヨザックはぎゅっと唇を噛むと、僕の肩を掴んでぐいっと引き寄せ、抱きしめた。
その手が震えていることに気づいていた。だけど僕は気づかないフリをして、そっと目を
閉じた。










「猊下・・・・・」
「・・・なぁに?」
「今の季節、チキュウでは何が綺麗なんですか?」
「地球?そうだね・・・・・紅葉かなぁ。花じゃなくて葉っぱなんだけどね。赤くてとっても
綺麗なんだ」
「・・・・いつか、猊下と見てみたいですね」
「・・・・うん。そうだね」








でもそれは、叶わない願い。
だって僕は今日、貴方と離れなくちゃいけない。






「・・・・あ・・・・」
「・・・・猊下?」
ヨザックは少し僕を離して顔を覗き込もうとする。でも僕はふいとそっぽを向いて、
顔を逸らした。
「猊下、どうしたんですか?」
「・・・・・見ないで」
「猊下?」
「やっ・・・・」
頬に手を添えられ、グイッとヨザックの方に向けられる。






「・・・・・猊下・・・」
「・・・・見ないでって、言ったのに・・・・・」






こんな涙でぐちゃぐちゃの顔なんか、見られたくなかった。
もっとカッコよく、別れたかったのに。
やっぱり、ダメだよ。
だって僕は、ヨザックのことがこんなにも好きなんだから。
素直に別れるなんて、出来っこない。






「っ、ヨザック・・・・」
「・・・・はい」
「もし・・・・もしね。また生まれ変わることが出来て、君が生きてて・・・・・僕が、こっちの人
間だったり、こっちに来ることが出来たりしたら・・・・・・また、会いに来てもいい?」
「猊下・・・・・」
「また君と恋をしたいとか、そういうのじゃないんだ・・・・生まれ変わったら、今の僕とは
違う人間だから・・・・他の人を好きになってるかもしれない。君だって、新しい誰かを好きに
なってるかもしれない。でも・・・・会いたいなっていう、気持ちは・・・・多分、消えてないと
思うから」
僕はヨザックに手を伸ばして、ぎゅっと抱きつく。
ヨザックも僕を強く抱きしめてくれた。
まるで、僕が消えないようにしてくれてるみたいだ。






ねえ、あのね
君と別れることは、本当に寂しくて、悲しくて、涙が止まらないけど
でも、君とこうして出逢えたことは、この村田健という人生の中で一番の幸せだった












「大好きだよ」






君が、大好きだったよ






僕は、ヨザックの頬を擦った。掌に、ヨザックの涙が伝う。
泣かないで
あのね・・・・僕がココで見る最後の顔は・・・・笑顔がいいな






もう、言葉にならなかったけど
ヨザックは笑ってくれた
太陽みたいな笑顔
すごいね。とっても綺麗だ
きっと僕は






この笑顔を、忘れることはない