金色の細い髪、吸い込まれるようなエメラルドグリーンの瞳。
いつからだっただろう。気がつくとあいつのことを目で追っていたのは。
いつからだっただろう。あいつのことを、好きだと思ったのは。







Desire like breaking 1






個性的な寝息が、耳元で聞こえる。
目を開けると、ヴォルフラムがまた俺に絡んで眠っていた。
俺はむくリと体を起こす。ヴォルフラムはへなちょこ、なんて寝言を言っている。
俺が情けないことをしている夢でも見てるのか。



「ん・・・・ユーリ・・・・」



へなちょこ、なんて言ってたくせに。
俺の名前を呼んで、なんだか幸せそうな顔をして。
俺に手を伸ばしてくる。
ぎゅっと俺のパジャマを握ってくる。
「ユーリぃ・・・・・」
そんなに甘い声で呼ぶな。
分かってんの?俺は出会った時と同じ俺じゃない。





俺はヴォルフラムの金色の髪を、さらりと耳にかけた。
ピンク色の唇を、そっと指でなぞる。
「ん・・・・・」
なぞった唇から、微かに声が漏れる。
そんな甘い声に魅かれるかのように、俺はヴォルフラムの唇に口付けた。






初めて触れた、唇と唇。
柔らかくて、甘くて。
俺は一瞬ヴォルフラムが男だって忘れそうになった。
だけど、もう男だとか女だとか、そんなの関係ない。
ただ、触れたいと思った。キスしたいと思った。
それがいけないことだなんて、もう思わなかった。







「んっ、ん・・・・・はっ・・・」
何度も重ね直して、息をする暇もないくらいに口付ける。
ヴォルフラムの口の端から唾液がこぼれる。だけどそれさえも掬いとって、食い尽くすように
俺は口付けた。







もう止められない。止めることなんか出来ない。
ずっとずっと触れたくて触れたくてたまらなかったんだ。
愛しくて仕方がない、俺のたった一人の天使。












――――苦しい。
息が出来なくて、唇が熱い。体が熱い。
体がむずむずして、熱くて、どうしようもない。
一体なんなんだ。





「――――――っ!!?」
ハッと目を開けると、目の前に黒髪が見えた。
僕が知ってる限り、黒髪なんて一人しかいない。
僕があいつのことを間違えるわけなんかない。
ユーリだった。





「んやっ、はあっ・・・・んっ!!」
唇に何度も触れてくる熱いもの。それがユーリの唇だと気づくのに、時間はかからなかった。
息が出来ない。激しい口付けに、何がなんだか分からなくて、僕は思わずユーリの服を握って
引っ張った。すると、ぴたりと動きが止まる。ゆっくりと僕の唇からユーリの唇が離れた。
「ユー・・・・リ・・・?」
はあはあと息を乱して、僕はユーリを見上げる。夜だったけど、月明かりでユーリが見えた。
僕はその瞬間ぞくりと体を震わせた。
ユーリが今まで見たことがないような、冷たくて暗い目をしていたから。
「ユ、ユーリ・・・?」
「・・・・・起きたんだ。ヴォルフ」
グイッと僕の口の端を親指で拭い、それをぺろりと軽く舐めた。



「起きた直後で悪いけど、付き合って」
「何を・・・・・んんっ!」
僕の唇を、また荒々しく塞いだ。そして何度か唇を重ね合わせると、首筋へとユーリの唇が
移動した。




「ひっ・・・!」
ぺろりと僕の首筋を舐め上げると、強く吸い上げた。ピリッと痛みが微かに走る。
「やっ、何を・・・!」
「動かないで」
ユーリはシーツを握って、口で咥えてビッとそれを破る。そして僕の両手を頭の上に上げると、
両手首にシーツを巻いて縛り上げた。そしてシーツをベッドの端に縛り付けると、僕の腕は
頭の上で固定されて、動かなくなった。
「ユーリッ・・・嫌だ!やめろ!!」
「やめろ、なんて命令は聞けない。俺は魔王だよ?」
「ユーリっ・・・?」
「ヴォルフは大人しくしてればいい。これは命令だ」
冷たくそう言って、ユーリは僕の夜着のリボンを解いた。
「っ・・・・や!」






誰だ。
僕は、こんなユーリは知らない。
僕の知ってるユーリは、優しくて暖かくて、笑顔がすごく綺麗で。
へなちょこだけど、僕はそんなユーリが大好きだったんだ。
なのに、今のユーリは違う。
こんなユーリは、僕の知ってるユーリじゃない。






「やだっ・・・・・嫌だ!!ユーリ、やだっ・・・!!」
「・・・・・・・・」
「いや・・・・・だ・・・・・・」
目が熱くなる。涙が流れてくるのが分かった。
ユーリが怖くて、怖くて。
自尊心とかそういう心は、頭の中から消えていた。
こんなユーリを、見ていたくなかったんだ。












「・・・・涙なんて・・・・・・・・反則だ・・・・・・」
俺は小さく呟いた。小さく舌を打つと、ヴォルフラムの手首に巻いたシーツを乱暴にほどいた。
ヴォルフラムはハッとして、乱れたネグリジェとシーツで体を隠す。その体はがたがたと
震えていた。いつもりりしくしている彼とは違って、まるで一人の女のようだった。
俺はヴォルフラムに背を向けると、ぐしゃっと髪をかきあげる。
「・・・・・出て行って」
「え・・・・」
「出て行けって言ってるんだよ!早く出て行け!!」






俺が叫ぶと、ヴォルフラムがびくっと震えたのが、背を向けていても分かった。
俺がこんな風に叫ぶのなんて初めてだからかな。
だけど俺は、ヴォルフラムが怯えてるって分かっていても、止めることは出来なかった。







「また襲われたいの・・・・?出て行けよ。命令だ」
「ユ・・・・リ・・・・・」
「っ・・・・名前なんて呼ぶな!いいから出て行け!!」








もっと強く叫んで怒鳴りつけた。ヴォルフラムががたんっと音を立てて、部屋を出て行く。
バタバタと走り去る音が聞こえて、俺はゆっくりと立ち上がった。開けたままになっている
ドアをゆっくりと閉める。そして唇を噛み締め、思い切り強くドアを右手で殴りつけた。
右投げ右打ちだけど、そんなこと今頭になかった。
俺の頭にあるのは、怯えて震えて涙を流す、婚約者のことだけ。







あんな姿を見るのは初めてだった。
あんな姿をさせたのは俺だって分かってる。自分が最低なことをして、最低で身勝手なこと
を叫んだってことも分かってるんだ。
だけど、止められなかったんだ。
ヴォルフラムが好きで好きで仕方なくて。
だけど、心のどこかでいろんなことを否定して。
それが渦を巻いて止まらなくて、あんなことをした。







「どうすれば・・・・いいんだよ・・・・・」
こんな、壊してしまいそうな想い。
愛しい人にぶつけるなんて、出来なかった。












息が乱れる。苦しい。
だけど、足を止めることは出来なかった。
走って、走って、とにかく走って。
僕は扉を乱暴に開けた。






「はあ、はあ・・・・・」
「・・・・ヴォルフ?」





目の前には、ウェラー卿コンラートがいた。ベッドから体を起こして剣を持ち、僕のことを
驚いた顔で見ている。
だけど、ウェラー卿よりも誰よりも、多分僕が一番驚いていた。
僕はいつの間にか、無意識のうちにこの扉を開けていた。
大嫌いだったあいつの扉を開けていた。
尊敬しているグウェんダル兄上ではなく、大嫌いなはずのウェラー卿の部屋に来ていた。
どうしてなのかは分からなかった。ただ、あいつの顔を見たら、流れていた涙が一層熱く
感じて、僕は泣きながらその場にしゃがみこんだ。
「ヴォルフ・・・・一体どうしたんだ」
ベッドから降りて、僕のそばへと駆け寄って、アイツはしゃがみこんだ。
ふわりとあいつの手が僕の体に触れる。
大きな手。僕は昔、この手が、こいつが大好きだったんだ。
ああ、そうか。
僕は、無意識のうちに求めていたのかもしれない。







「兄上っ・・・・」
この優しい手を。いつだって僕を優しく抱きとめてくれる、この体を。
今はただ、求めていたのかもしれない。