好きすぎて、壊してしまいそうな想い。
止めることなく、どんどん膨らんでしまうから
俺は彼を逃がすんだ。
Desire like breaking 2
「ん・・・・・・・・」
まぶしい朝の光が、僕の目にかかる。瞬きをしながら、僕はゆっくりと目を開けた。
「目が覚めた?」
後ろから声が聞こえて、僕は慌てて振り返った。そこにはウェラー卿がニコニコ笑い
ながら立っていた。
「昨日のこと、覚えてるか?」
「・・・・・ああ」
「そうか。はい、軍服。そろそろ朝食だから着替えなさい」
僕の青い軍服を差し出す。それをゆっくりと手に取った。
昨日のこと。忘れるわけがない。
僕は不覚にも泣きながらウェラー卿の部屋に飛び込み、あろうことかコイツを兄上
なんて呼んで、腕の中で泣いてしまった。
その後の記憶は・・・・うろ覚えだけど、確か宥めてもらいながら・・・・一緒にベッドに
入った気がする。
ああ、一生の不覚だ。こいつと一緒に眠ってしまうなんて。しかも泣きながら。
だけど・・・・こいつの腕の中は安心できて、僕はあんなことがあった後、眠ることが
出来た。
「っ・・・」
昨日のことを思い出して、僕は枕をぎゅうっと抱きしめる。
ユーリが僕にキスをした。僕の腕を縛って・・・・無理やり事を運ぼうとした。
今でも鮮明に覚えてる。夢じゃない証拠に、両手首が赤く染まって、少し痛い。
ユーリじゃないみたいだった。怖かった。今でも・・・・思い出すと涙が出そうだ。
じんわりと目頭が熱くなってくる。すると、急に頬をむにっと引っ張られた。
驚いて我に帰ると、ウェラー卿がいつもの笑顔で頬を引っ張っている。
「な、何をする!」
「あ、目が覚めた?」
「は?」
「なんか、また色々考え込んでたみたいだから」
ふっと笑って、僕の頭をぽんぽんと叩いた。
う・・・・・なんでコイツはこうも人の心を読むのが上手いんだ。
だからコイツは苦手なんだ。昔も、今だって。
・・・・・・・だけど。
「ホラ、早く着替えなさい。朝食、食べ損ねてもいいの?」
「・・・・・よくない」
「だったら・・・・」
「・・・・・先に行ってろ。僕は後から行く」
「・・・・はいはい。じゃあ、先に行ってるよ」
ウェラー卿はあっさり部屋から出て行った。
よかった。ちょっと・・・・涙腺が緩んだところだったんだ。昨日散々見せてしまった
が、これ以上醜態を見せるのはもう嫌だ。
「ふっ・・・・え・・・・」
涙が流れた。昨日のユーリを思い出すと、今でもこんなに震える。
嫌だったわけじゃない。怖かっただけなんだ。
だけど、今僕が怖いのは一つだけ。
ユーリが、僕を嫌いになってはいないだろうか。
あんなふうに怒鳴ったユーリは初めてで、僕に対してすごく怒っていたから、すごく・・・・怖い。
「ユーリ・・・・」
呟いたって、答えてくれるわけはない。ここはユーリの部屋じゃない。
いつも一緒にいた大切な存在は、今ここにはいないんだ。
グイッと涙を拭うと、気を取り直して夜着を脱ぎ捨て、軍服に着替えた。
そしてドアを開けると、ウェラー卿が壁に背を預けて立っていたから驚いた。
「な、何でここにいるんだ。先に行けと言っただろう」
「ああ。だから先に外に行ってたよ。さあ、行こう」
うっ・・・・相変わらず屁理屈ばっかりいう奴だ。だからこいつは嫌いなんだ。
・・・・だけど。
「・・・・ウェラー卿」
「ん?」
「あ、あの・・・・昨夜は、その・・・・・あ・・・あり・・・」
・・・・くそっ、やっぱり言えない!こんなこと、小さい頃にしか言ったことがないんだ!
僕が俯いていると、ウェラー卿はぽん、と僕の頭を撫でた。顔を上げると、あいつはい
つもの笑顔を見せている。
「・・・・・子ども扱いするな」
僕は、ただそれだけしかいえなかった。
■ □
朝食をとりにヴォルフラムと一緒に大広間へと着たけれど、ただ一人、いなかった。
「陛下はどうしたんだ?」
俺が聞くと、俺の後ろにいたヴォルフラムがびくっと震える。しかしそれに気づかずに、
ギュンターが答えた。
「陛下でしたら、朝食は部屋で取るそうですよ。何かあったのでしょうか・・・・ああっ、
陛下・・・!」
「はいはい、落ち着いて。とりあえず我々は朝食をとりましょう。ね、ヴォルフ」
「あ、ああ・・・・」
ヴォルフはふいっと俺から顔を背けて、自分の席についた。
ヴォルフラムを見て、みんな驚いているようだった。俺と二人で広間に来たからだろう。
だけど誰も特に何も言うことはなく、陛下・・・・・いや、ユーリのいないまま、朝食をとり
始めた。
朝食をとり終わると、俺はいつもどおり自分の仕事を取りかかろうと部屋で準備をした。
今日の予定はまず、兵士たちの剣の稽古だ。今日はヴォルフラムも一緒に稽古の予定だ。
ヴォルフラムの性格上、俺と一緒に稽古・・・・・むしろ、あんなことがあった後じゃ余計に、
一緒にというのは嫌なんだろうな。
だけど、稽古は稽古。私情は私情。それをちゃんと分けるのは、あの子のいい所だ。
「おい、ウェラー卿。まだ準備が出来ないのか。兵士達が待っているぞ」
「ああ、今行くよ」
ドアの近くで、ヴォルフラムは腕を組んで俺を待っていた。ちょっと怒っているのが
分かる。だからといって、怖いと思うことはないけどね。
俺とヴォルフラムは並んで廊下を歩く。その間、ちらりと何度かヴォルフラムの方を
見たけれど、ヴォルフラムは一度も俺を見ようとはしなかった。
ただ、黙って前を見据えるその顔を、俺は久しぶりに綺麗だと感じた。
しかしそのとき、ヴォルフラムの顔がハッと驚いた顔に変わる。俺はヴォルフラムの
視線の先に顔を向けると、そこにはユーリがいた。
「・・・・ああ、コンラッドにヴォルフ。今から稽古?」
「ええ。陛下、ご朝食は取られましたか?」
「ああ。スポーツ少年は健康管理をきちんとするもんだからね。一日の源である朝食は
ちゃんと取らなきゃ」
「それはよかったです。それでは陛下も、執務を頑張ってくださいね」
「嫌な事を思い出させるなー・・・・ま、頑張るよ」
じゃあね、とユーリは手を振り、俺たちの横を通り過ぎた。ヴォルフラムはばっと振り
返る。そして目を潤ませてぎゅっとこぶしを握り、唇を噛み締めた。
「ユーリ!」
ヴォルフラムがユーリを呼び止める。ユーリは足を止めると、ゆっくりと振り向いた。
「あ、あの・・・・・」
「・・・・・・なに?」
「・・・っ・・・・・昨日の・・・・ことで・・・・」
「・・・・・・・」
ユーリは軽くため息をついた。俺は大体の状況を把握して、偶然近くにあった空き部屋の
ドアをコン、と叩いた。
「込み入った話でしたら、部屋をお使いになった方がいいですよ。廊下は声が響きます」
「コンラッド・・・・・」
ユーリが俺を見る。俺はいつもの笑顔を見せてやった。するとユーリはまた一度ため息を
ついた。
「・・・・悪い。ここで待ってあげててくれ」
「はい」
「ヴォルフ」
ユーリはヴォルフラムを呼ぶ。そして一緒に部屋に入り、パタンとドアを閉じた。俺は壁に
背を預けて立つ。すると、中から声が聞こえてきた。
「ヴォルフ、昨日はコンラッドの所で寝た?」
「っ・・・・だ、だって・・・・」
「ああ、誤解すんな。怒ってるわけじゃない。むしろ、廊下で寝てなくてよかったって思
ってるから」
「ユーリ・・・・」
「・・・・・・・昨日は悪かった。どうかしてた」
「ユ・・・・」
「でも、昨日したこと、言ったことを取り消すつもりはない」
「・・・・ユーリ?」
「・・・・・それから、もう一つ」
「婚約を、解消してくれ」
部屋から音が消えた。ユーリの一言で、ヴォルフラムが今どんな表情をしているのか、
容易に想像がついた。
「別に俺が振られたってことにしてくれていい。何でもいいから、解消してくれ」
「ユーリッ・・・・」
「昨日のことで話せるのはこれだけだ」
ユーリが冷たくそう言い放つと、ドアが開いた。中からユーリが出てくる。
「悪かったな、コンラッド。話は終わったから」
「陛下・・・・」
「稽古、頑張れよ」
ユーリはにこ、と笑うと、俺に背を向けて歩き始めた。すると、ヴォルフラムがふら
つきながら部屋から出てくる。
「ユーリ!」
ヴォルフラムがユーリを呼び止める。ユーリは足を止めたけれど、決して振り返りはしな
かった。
「っ・・・・なんで・・・・急に・・・・」
「・・・・急じゃない。前から考えていたことなんだ。婚約を解消したかった」
「じゃあ何で!昨日僕にあんなことしたんだ!!」
「それについては何も言わない。・・・・・言えない」
「どうしてだ!どうしてっ・・・・」
ヴォルフラムのエメラルドの瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。宝石のように綺麗な涙が、
ぽたぽたと床に落ちる。
「っ・・・・いや、だ・・・・嫌だ、ユーリ!」
「・・・・」
へたりとヴォルフラムがしゃがみこむ。そして両手で顔を覆って泣き続けた。
「や・・・・だ・・・・やだ・・・・」
ヴォルフラムは弱々しく首を横に振った。すると、ユーリがゆっくりと振り返る。
そしてそっとヴォルフラムの側に歩み寄ると、片膝をついてしゃがみこみ、ヴォルフラムの
金色の髪をそっと撫でた。
「っ・・・・か、ないで・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「いかない、で・・・・・ゆーり・・・・」
泣きながら、ユーリに呟いた。こんなヴォルフラムの姿は初めて見た。
行かないで、なんてお願いをするヴォルフラムなんて、今まで見たことがない。
「・・・・・なんで・・・・そんなに泣くんだよ・・・・・」
ユーリは呟いて、ヴォルフラムの腕を引っ張る。顔を覆っていた手が外れて、その一瞬に
ユーリはヴォルフラムに口付けた。
「ゆ・・・・・・・」
「・・・・・・最後のキスだよ。ヴォルフラム」
「!ユー・・・」
「・・・・・・さよなら」
ヴォルフラムの目が見開く。そして固まったヴォルフラムを残して、ユーリはまた背
を向けた。ハッと我に帰ったヴォルフラムはばっと立ち上がるが、ふらっと体が揺れ
る。俺はその体を抱きとめた。
「ユーリ、ユーリ!!」
「ヴォルフラム!」
「離せ!やだっ・・・・・・ユーリ!!」
俺が名前を呼んだって、ヴォルフラムは聞きはしなかった。
そして・・・・ユーリも。今度は一度も振り返ることなく、姿を消してしまった。
「ユーリ、ユーリ!!やだっ・・・やだ!!」
大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちる。俺はそんなヴォルフラムを見て、思わず強く抱き
しめた。ヴォルフラムは抵抗しなかった。俺の方を涙で濡らし、俺にしがみついてきた。
「いか、ないで・・・・行かないでっ・・・・!」
「ヴォルフラム・・・・」
「ユーリッ・・・・ユーリ・・・!」
俺の腕の中で何度も行かないでといって、ユーリと呟く。俺はそんなヴォルフラムを、
ただ黙って抱きしめ続けた。
