欲しかったものがある。
ずっとずっと欲しくてほしくて仕方がなかった
大事な弟






Desire like breaking







目が覚めた。ここは、どこだろう。どうして僕は眠っていたのだろう。
頭がぼんやりして、思い出せない。
それなのに、どうして。
目から自然と涙がこぼれた。




「大丈夫か?」
顔を上げると、ウェラー卿が心配そうな顔で僕を見下ろしていた。
・・・なんでそんな顔をしているんだ?
「覚えてないのか?さっきまで、陛下と一緒に・・・・」





・・・・・・・ああ、そうか。
思い出した。ユーリが僕に、婚約を解消して欲しいといって・・・・僕は情けなくも泣いて
しまったんだ。
またしても、こいつの前で。
「また泣いて・・・・目が痛くなってないか?」
「・・・・・・平気だ。触るな」
僕はグイッと涙を拭いた。これ以上、コイツに醜態を晒したくない。
「・・・・・ウェラー卿」
「ん?」
「ユーリは・・・・仕事中か?」
「・・・・ああ」
「・・・・あれから・・・・何か言ってきたか?」
「・・・・・・・いいえ。何も」
「そ・・・か」
僕は布団をぎゅうっと握り締める。
ああ、ダメだ。また泣いてしまいそうだ。





「・・・・ウェラー卿。触れを出してくれ」
「触れ・・・?」
「・・・・そうだ。僕とユーリの・・・・婚約解消の触れだ」
僕が呟くと、ウェラー卿は少し目を見開いた。
「・・・・・いいのか?」
「・・・・・ああ」
だって、仕方がないだろう。
僕と婚約を解消する。それが






「・・・・・・それが、魔王陛下の望みなのだから」
僕が反対することなんか、出来ないだろう。






「・・・・・分かったよ」
「・・・・・・」
「でもとりあえず先に、何か温かいものでも用意しよう。心が落ち着くから」
ふんわりと笑って、ウェラー卿は部屋を出て行った。僕は枕をぎゅっと抱きしめる。
「あれ・・・・」
いい香りがした。そういえば、ここはユーリの寝室じゃない。ウェラー卿の部屋だ。
ってことは、この枕も・・・・





「っ!」
思わずぼすんっと投げつけた。顔が火照って仕方がない。
気のせいだ。気のせいに決まってる。
ふんわりと香った香りと、そのぬくもりに安心したなんて。
「絶対、気のせいだっ・・・!」
大っ嫌いだ。あんな奴。絶対絶対・・・・気のせいなんだ。










■ □



ああ、今日も書類がいっぱい・・・・俺が難しいものも出来るようになってきたから、グウェ
ンダルの仕事も俺の方に回ってくるようになってから、忙しさが倍だ。
ギュンターが次々と書類を持ってくる中、コンラッドが部屋に入ってきた。
「失礼いたします、陛下」
「・・・・・・よぉ」
「コンラート、陛下は執務中で・・・・・」
「いや、いいよ。ギュンター、ちょっと席を外してくれないか」
「しかし陛下・・・・」
「ちょっとでいい。すぐ終わるから」
「・・・・分かりました」
ギュンターは頭を下げると、執務室から出て行った。




「執務中にすみません。陛下」
「いいよ。手が痛くて仕方なかったところだったんだ。ナイスタイミング」
「そうですか?」
「ん。それより、用があるんだろ?」
「・・・・・・・はい」
「ヴォルフのこと?」
「・・・・・そうです」
「やっぱりな。いいよ。なに?」
「・・・・・ヴォルフから頼まれました」
「頼まれた?」
「はい。陛下との婚約解消の・・・・触れを出して欲しいと」
「え?」
俺は顔を上げた。
「触れって・・・・・・・国民に?」
「はい」
「・・・・・・・そっか」
俺は書類を一枚手に取った。
「解消を言い出したのは俺なのに、そっちの方まで気が回らなくて悪かったな。コンラッド、
触れの方出しておいてくれる?ちょっとこっちの方で手がいっぱいなんだ」
「それは構いませんが・・・・・よろしいんですか?」
「・・・・・・・」
コンラッドの言いたいことは分かってる。だけど、俺の答えは一つだ。





「いいんだ」
「・・・・分かりました。それが陛下のご意思なら」
コンラッドは一礼をすると、ドアノブに手をかけた。しかし、ぴたりと止まって俺の方を
振り向いた。





「陛下」
「なに?」
「陛下は・・・・・ヴォルフのことを手放したんですよね?」
「え・・・・・?あ、ああ」
「それでは」






「あれは、私が慰めても構いませんか?」






その言葉を聞いた瞬間、息が止まったような気分になった。
「・・・・・・え?」
「構いませんよね?」
「そ・・・れは」
コンラッドはにっこりと笑う。そして俺が返事をする前に、コンラッドは部屋から出て行った。





え、え?今、コンラッドは何を言った?
あれって・・・・ヴォルフラムのことだよな?
慰める?ヴォルフラムを?それって・・・・・・・





・・・・・・・あれ?










■ □



「ヴォルフラム、気分は落ち着いたか?」
「・・・・・ああ」
僕はバサッと布団を剥ぎ取ると、ベッドから降りようと床に足をついた。しかし、足が
ふらっともつれて転びそうになった。
「わっ・・・・」
「おっと」
よろけた僕の体を、ウェラー卿が抱きとめる。
「っ・・・・・!」
「大丈・・・・」
「ぼ、僕に構うな!!」
僕はウェラー卿の手を乱暴に払う。顔が熱くなってきてしまったのを隠すように背を
向けた。
「ぼ・・・くは、大丈夫だから・・・・さっさと仕事に戻れ。僕も後から・・・・・」
「・・・・・・ない」
「え・・・?」
今、なんて言った?僕は思わず振り返る。その瞬間、ウェラー卿が僕の腕を引っ張り、
ゆっくりと大きな腕で包み込むように抱きしめた。




「えっ・・・?」
「出来ない。戻れない。ヴォルフが心配だから」
「ウェラー・・・・卿?」
「・・・ヴォルフ・・・・俺がここにいるのは嫌か?」
「え・・・・」
「俺は今、ヴォルフの側にいたい。こんなボロボロになったみたいなヴォルフをほっ
とけない」





嫌だって言えばいい。僕はこいつが大嫌いだし、側にいるなんてまっぴらだ。
そう言えばいいのに、声が出ない。




「・・・・・・俺じゃ・・・・嫌か?」
僕の頬に、ウェラー卿の大きな手がかかる。とくん、と一つ心臓の音が聞こえた。
それは僕の心臓の音だったのか。それとも・・・・・
そんなことを考えていると、ふわりと唇に暖かいものが触れた。








それがウェラー卿の唇だということに気づくのに、時間はかからなかった。








「・・・・・んっ・・・・」
体が思わずびくっと震える。僕はウェラー卿の腕の中で少し抵抗した。
だけど、抱きしめる腕に力をこめられ、僕は抵抗できなくなってしまった。ふらりと足が
ふらついた。そしてゆっくりとベッドの方に押し倒された。触れた唇はそのままで。
熱い。唇が、体が、すごく熱い。
「んんっ、ん・・・・・うぇ、ら・・・・」
「・・・・・名前で、呼んでみて」
な、名前・・・?名前・・・・・



こいつの名前。知らないわけじゃない。だけど今まで呼べなかった。
小さな頃は、兄上と呼んでいた。僕はこいつが大好きで、いつもついて回っていた。
剣だって教えてもらった。こいつみたいに強くなりたいと思った。
いつの頃だったか。こいつの父親が人間だと知って、僕はこいつを信じられなくなって。
だんだんこいつから離れていった。
だから、名前で呼んだことはない。だけど、知ってる。こいつの名前。






「・・・・・コンラー・・・・ト・・・・」
「・・・・・よく出来ました」






笑って、また僕の唇に口付けた。僕は名前を呼んだことで少し我に帰って、腕に力を込
めて抵抗しようとした。
だけど、僕の手首を握っているこいつの腕はびくともしなかった。
「んっ・・・・」
深く口付けられながら、僕の手首を掴んでいるこいつの手を見た。
僕の手首をすっぽりと包んでいて、一握りしてもまだ余ってるみたいだ。
大きな手だ、と思った。




大嫌いだ。こんな奴、大嫌いだ。
だけど、今回僕はこいつに救われた。それも事実だった。
こいつがいなかったら、僕はきっとまだ、ベッドの中で泣いていた。




「っは・・・・」
唇が少し離れる。そのとき、ぴちゃりと唾液が絡まる音がした。僕は、ぎゅっと閉じていた
目をゆっくりと開いていった。
・・・・あれ・・・?
あいつの表情が見えた。こんな顔は初めて見た。
情熱的、というのだろうか。切羽詰ったというのだろうか。
ぱちっと目が合った瞬間、あいつがなんだか切なそうな顔をしているように見えた。





「ヴォルフ・・・・・・」





とくん





・・・・あ、また心臓の音が聞こえた。
だけど、もうどちらの音かなんて区別がつかない。
もう・・・・どちらでもよかった。






「コンラート・・・・」






名前を呼んで手を伸ばし、あいつの首に回してしがみついた。
それと同時に、また唇が重なる。今度はきつく閉じるんじゃなくて、普通に口付けをする
ように、目を閉じた。









「もっと・・・・・・・」
呟いた瞬間、僕の脳裏にユーリの姿が浮かんだ。
だけど・・・・・もういい。
僕は無理やりに、その記憶に蓋をした。