手を離したものは、もう戻らない
どんなに愛しいと思っても、もうこの手には戻ってこないんだ






Desire like breaking







さっき、コンラッドが言ったことが気になっていた。





『あれは、私が慰めても構いませんか?』





あれって言うのは・・・・やっぱりヴォルフラムのことなんだよな。
それって、つまり・・・・・







・・・・・・何を考えているんだろう。
ヴォルフラムを手放したのは俺じゃないか。
今、コンラッドがヴォルフラムに何をしようと、俺が何かを言う資格なんてない。
「陛下ーっ!!」
「わっ!!な、なんだよ、ギュンター」
「お手が止まっておいでですっ!」
「あ・・・・ゴ、ゴメン。悪かったから泣くなよ、ギュンター」
「まだまだまだ書類はございますのに・・・・!」
「分かった、分かりました!今すぐ書くから!!」
全く。相変わらずギュンターみたいに整った顔に大泣きされると痛いなぁ・・・・
・・・・・・まあ、それとは他に、完璧に壊れられたら後が厄介っていう気持ちもあるんだけどさ。
とりあえず俺は、ギュンターがホントに壊れちゃう前に、仕事を急いで終わらせた。










「つ、疲れた・・・・・・・」
結局終わったのはそれから2時間後で。もう日も暮れてきたので夕食までの自由時間を
もらってきた。ふらふらしながら、俺は広い血盟城の廊下を歩く。
すると、どこからか人の声が聞こえてきた。
「ん・・・?」
書類の文字を見すぎたせいでボーっとなった頭を起こして、軽く辺りを見渡してみる。
すると、ある一つの部屋のドアが、少しだけ開いているのに気づいた。
なるほど。あそこから漏れた声か。誰もいないのに声が聞こえるから、ちょっと幽霊かと
思ったじゃんか。
やれやれなんて思いながら、その部屋の前を通り過ぎようとするが、俺はその瞬間ハッとした。
・・・・・そういえば、ここはコンラッドの部屋じゃないか。
さっきのことを思い出して、俺は早急に通り過ぎようとした。
だけど、







「コンラー・・・ト・・・・」







・・・・・・え?
甘くて、柔らかくて、癖のないこの声。
聞き覚えがあった。
いけないことだって分かっていたけど、俺はその想像した声の主かどうか確かめるために、
ドアの隙間から中を覗いた。





「んっ・・・・」
甘く、濡れた声。俺は昨夜、これと同じ声を聞いた。
部屋を覗くとそこには、俺の名付け親とキスをしているヴォルフラムの姿があった。






どうして・・・・どうして。
どうして、コンラッドとベッドでキスなんかしてるんだ。
あんなに蕩けた顔を、どうしてコンラッドに見せているんだ。
どくんどくんと、心臓の音がうるさかった。周りに聞こえてしまうんじゃないかって思う
くらい、俺の中で響いてた。
「ヴォルフ・・・・」
コンラッドが、ヴォルフラムの名前を呼んだ。
唇を離すと、銀色の糸が二人を繋ぐ。コンラッドは、それを静かに拭い取った。







なんだ、これ・・・・
俺は今、何を見てるんだろう。
コンラッドと、ヴォルフラムのキス・・・・・
ああ、そうだ。そうだよな。
あれ・・・・コンラッドがヴォルフラムに何をしようと、俺は何も言わない。いや、何も
言えないって思ったばかりじゃないか。
なのに、何で・・・・なんで、こんなに胸が痛むんだ。










「コンラート・・・・・」
ヴォルフの甘い声。あんなに呼ぶのを嫌がっていた、彼の兄の名前。それをヴォルフラムは、
あんなに甘い声で呼んだ。






ヤメロ。イヤダ。






俺の中のどす黒い何かが、声を上げる。その時、ヴォルフラムの細い腕が、コンラッドの
首に絡みついた。













「もっと・・・・・・・・」




キキタクナイ。
ソンナコエ、キキタクナイ。








気がついたら俺は、その場から走り出していた。








■ □



「んっ、ふあっ・・・・あ・・・・」
息を吐く暇もなく、コンラートは僕に唇を重ねてくる。それについていくのが精一杯で、
僕は思わずコンラートに回した手に力を込めた。
「ちょっ、ん・・・・苦しっ・・・」
「あ・・・・・ごめん」
やっとのこと吐き出せた言葉で、コンラートは口付けを止めた。
そして、僕の口から流れ落ちる、もうどちらのものとも言えない唾液を親指で拭った。
「大丈夫か?ヴォルフ」
「ばかっ・・・・大丈夫じゃない。あんなに激しくして・・・・」
「ああ・・・・ごめん。ごめんな」
コンラートが僕の瞼とか頬に口付ける。なんだかそれが妙に気恥ずかしくて、ぐいっと
押しのけた。
「べ、別にっ。僕は軍人だ。ちょっとくらい息が出来なくても死にはしないっ」
ぷいっとそっぽを向くと、コンラートがぷっと吹き出して笑ったのが分かった。
なんだか馬鹿にされたような気分で、僕は思わずコンラートをキッと睨みつける。でも、
それがいけなかったのか、コンラートは僕の唇に軽く口付けた。
「あ・・・・」
「ヴォルフ・・・・続きするよ。いい?」
「つづ・・・・き?」
「ああ。嫌か?」
「・・・・・・・・・」
続き・・・・・それってやっぱりあれのこと・・・・だよな。
僕は無意識に体を硬くしてしまった。すると、コンラートは僕の首筋に流れる髪の毛を
軽く分けて、そこに強く口付けた。






「ひゃっ・・・・」
びくっと方が跳ねる。コンラートはゆっくりと唇を離すと、にこ、と微笑んだ。
「印」
「・・・・へ?」
「今日の事が夢じゃないって印。髪で隠れる所につけたから」
「隠れる所って・・・・・・・ああっ!!」
さっきのはそういうことか!
「お、お前っ・・・!」
「ごめんごめん。でも、今日はもう出来そうにないから、せめてこれだけでもと思って」
「なっ・・・・べ、別にしてもいい!」
「無理するな。体、すごく震えてる」
「あ・・・・・・」
コンラートに言われて、僕は初めて体がカタカタと震えていることに気がついた。
「俺は無理強いはしたくない。ヴォルフが怖いって思ってるならしない」
「・・・・・・・」
「だけど、ヴォルフが本当に俺に抱かれてもいいっていうなら、ヴォルフから言ってきて
くれ。そうしたら・・・・俺は多分、もう止められないと思う」
「・・・・・・コンラート・・・・」
僕が呟くと、にこりと笑ってまた僕の頬に口付けた。
「今日はそうやって名前を呼んでもらえただけで満足するよ。ありがとう」
「・・・・・・馬鹿か、お前は」
「あ、酷いな」
クスクスと笑う。僕はそんなこいつの顔が見られずに俯いた。
笑っている顔を見るのを躊躇したって言うのもあるけれど、大きな理由は、今僕の顔が
真っ赤になっているからだ。
顔が熱くて・・・ドキドキする。





「なあ、ヴォルフ」
「な、なんだ」
「今日は、一緒に寝てもいい?」
「え?」
「嫌ならソファーで寝るけど」
「・・・・・・・・・・」
「ん?」
う・・・・・・嫌な奴だな。この顔は、僕を試している顔だ。





「べ、別に好きにしたらいいだろうっ!とにかく僕はもう寝るっ!!」
「あれ、もう寝るの?夕食は?」
「きょうはいらないっ。お前はさっさと食べてこい!」
「はいはい」
クスクスと笑う声が聞こえ、僕は顔を真っ赤にしたまま、バサッと毛布を頭からかぶった。
「ヴォルフ」
呼ぶ声が聞こえた。でも、だからって答えてなんかやるもんか。
「なあ、ヴォルフ。顔見せて」
「・・・・・・・・・・なんだ」
ああ、もう。結局言う事を聞いてしまう自分がイヤだ。ずるずると毛布をずらして、
コンラートをちらりと見た。
すると、コンラートはふわりと僕の額に口付けた。僕は顔を真っ赤にして、パクパクと
口を動かす。にこりと笑うと、コンラートは立ち上がって、すたすたとドアの所まで
歩き、僕の方を振り向いた。





「お休み、ヴォルフ」
「う、ううう、うるさい///!さっさと行け、ばかっ!!」
ぶんっと枕を投げつけると、あいつは上手い具合に避けて、部屋を出て行った。
ホンットにむかつくっ・・・!
僕は毛布を抱きしめると、枕なしでバサッと毛布を頭からかぶった。
やっぱり大嫌いだっ、あんな奴!!







■ □



「陛下?」
「あ・・・・・・・・」
なんとなく眠れなくて、俺は一人廊下で窓の外を見ていた。すると、そこにコンラッドがやって
きて、俺に声をかけた。
「見回り?」
「はい。陛下、いくら城内とはいえ、お一人で歩くのは危険ですよ」
「分かってるって。ねえ・・・・・それよりさ」
「はい?」
「・・・・・・ヴォルフ、どうしてる?」
俺が恐る恐る聞いたけど、コンラッドはいつもの笑顔で答えた。




「俺の部屋で眠っていますよ」
「そ・・・・そう」
「気になりますか?」
「べ、別に・・・・」
「先程見ていたでしょう?部屋の外から」
「き、気づいて・・・・!?」
俺は慌てて口を両手で塞ぐ。
ヤ、ヤバイ・・・・覗き見してたこと、バレてたんだ。さすが軍人・・・・というかなんというか・・・。
「き、気づいてたのに・・・・してたのかよ。性格悪ぃ・・・・」
「すみません。でも・・・・・止めることは出来ませんでしたから」
「・・・・コンラッド・・・・・」
コンラッドは窓の外の月を見上げた。その横顔がどこか寂しげに見えたのは、俺の気のせい
なんだろうか。









「・・・・・ヴォルフのこと・・・・・好きか?」
俺が聞くと、コンラッドはゆっくりと俺の方を向いた。そしてにっこりと優しい笑顔を
見せた。
「・・・・・・・・はい」
「ホントに、ホントか?」
「はい」
「・・・・・・・・そうか」
・・・・・・それだけ聞ければ、もういい。






「なあ、コンラッド」
「はい?」
「・・・・・ヴォルフを・・・・・慰めてあげるって言ったよな」
「はい」
「だったら・・・・・慰めてあげてくれるか?俺がいなくても言いように・・・・・・俺じゃなくて、コン
ラッドが、ヴォルフの側にいてあげてくれるか?」
「・・・・・・・・・」
「俺は・・・・・・もう側にはいてあげられないから」
「・・・・・・・いいんですか?」
「ああ」
俺は、コンラッドに笑顔を見せてやる。
気づかれるわけには、いかないから。









「・・・・・・・・陛下のご意思のままに」
コンラッドは俺に一礼をすると、背を向けて歩いていった。コンラッドの姿が小さくなり、見え
なくなる。俺は一つため息をつくと、壁にドン、と背中を預けた。
片手で顔を覆って、ずるずるとそのままそこにへたり込んだ。








「・・・・・・・どうか、幸せに」
嘘じゃない。心からの気持ちなんだ。
どうか、どうか幸せに。
俺のたった一つの宝物。