どうしてダメなんだろう
どうしてたった一人しか選べないんだろう
こんなに想う気持ちが、まだ消えないんだ





Desire like breaking








話している声は、聞こえなかった。
だけど、抱きしめられたり、会話をして楽しそうに笑ったりする姿が見えた。
胸が、締め付けられる思いがした。
気がついたら僕は、その場から離れて走り出していた。







バンッと乱暴にドアを閉め、はあはあと息を乱すとそのままずるずるとしゃがみこむ。
目頭が熱くなって、ぽろぽろと涙がこぼれた。
ユーリとギーゼラが一緒にいた。
あの二人が別に、恋愛関係じゃないことくらい承知している。
ユーリもギーゼラもお互いに信頼している仲間同士だ。それくらい分かっている。
さっきだって、仲間同士の交流だ。分かってるんだ。
なのに、涙が溢れて止まらなかった。
僕は、止まらない涙をごしごしと拭う。するとガチャリと音がして、部屋の中について
いる風呂のドアが開いた。





「あれ、ヴォルフラム・・・・・・・」
コンラートが、バスルームから出てきた。風呂上りとすぐに分かる格好をしていた。
上は何も着てなくて、下だけズボンをはいているし、髪の毛は少し濡れて、滴が垂れて
いる。少しだけ湿ったタオルも、コンラートの手にある。
「泣いてるのか?また何か・・・・」
僕は、コンラートの言葉を遮った。何かを言う前に立ち上がって、言い始めたら手を
伸ばして口を塞いだ。自分の唇でだ。
コンラートの体が、一瞬硬直したのが分かった。僕からこんなキスをしたので驚いて
いるんだろうか。
だけど、コンラートの手がすぐに僕の腰の方に回ってきて、ぎゅっと抱きしめられた。
コンラートも僕の口付けに応えてくれた。
「んっ、ふ・・・・・」
少し苦しくて、思わず声が漏れる。だけど、何度も重ね合わせて、僕はコンラートの
首に手を回した。





「っは・・・・」
唇が離れると、僕は酸素を求めてはあはあと息を吸い、吐いた。コンラートはふわりと
僕の頬に触れて、顔を覗き込んでくる。
「何か、あったのか?」
あ、結局続きを言われてしまった。
でも・・・・もうどうでもよかった。
僕はコンラートの体に腕を回して抱きついた。身長差があるので、僕を包むようにコン
ラートも抱きしめ返してくれた。
「どうした?」
問いかけてくる声は、いつもと変わらず優しかった。
ああ、もういっそのこと、この声に、体に、全て任せられたらいいのに。
そうすればどんなに楽か、どんなに幸せか。








もう・・・・考えたくない。ユーリのことを考えたくない。
いつかユーリは、相応しい女性を見つけて、僕の時と同じように左の頬を叩くんだろうか。
そして、僕の知らない所でその女性と笑いあって、こんな風にキスを交わして、抱きしめ
あうんだろうか。
・・・・・・そんなこと、考えたくない。
もう・・・・・疲れたんだ。








「コンラート」
「ん?」
「僕を抱いてくれ」
「え・・・・」
「抱いて欲しくなったら言えって言ったよな?そのときはもう止まらないって言ったよな?」
「・・・・・・・・」
コンラートを見上げて言うと、少しだけ驚いたような顔をしていた。僕はぽすん、と頬を
寄せる。





「止まらなくていい・・・・・だから、抱いて」







ふわりと体が浮いた。コンラートに抱き上げられたということにすぐに気づく。
ベッドに体を寝かせられ、コンラートもベッドに乗る。二人分の重みで、高価で大きな
ベッドもぎしりと音を立てた。




どくん、と心臓の音が聞こえた。コンラートが少し体を硬くしてしまった僕に口付ける。
びくっと震えたけれど、何度も触れるくらいの口付けを交わされて、次第に体の硬さが
ほぐれていった。
「ん・・・・」
少し深く口付けられた。すると、コンラートの手が動いて、僕のスカーフを取り外す。
しゅるっと絹が擦れる音が耳についた。
「あ・・・・・」
上が脱がされる。いつも外気が入り込まない所にひんやりと冷たく入り込む。それと
同時に、コンラートの手も、僕の肌に触れた。
「ひゃっ・・・・」
びくっと震えて、僕はシーツを握り締めた。
「・・・・・・怖い?」
動きを止めて、コンラートは聞いた。
心臓がドクドク言ってる。うるさい。
体が、熱くて冷たい。
いろんなことを叫んでる。だけど、





「こ・・・・怖く、ない」
僕は一言呟いた。
情けない、声が震えた。勘のいいコンラートのことだ。きっと怖いんだって気づいてしまう。






「・・・・・ヴォルフ」
優しく僕の名前を呼んだ。そしてそっと触れるだけのキスをして、ゆっくりと深めていく。
「んっ、ん・・・・んん・・・・・」
深いキス・・・・・覚えがあった。
ユーリも・・・・・いつも・・・・・僕にこんなキスを・・・・・








『ちょっ・・・・ユーリ!もうやめろ』
『何で?ヴォルフにもっとキスしたいのに』
『・・・・・馬鹿、苦しいんだ。少しは手加減しろ』
『・・・・無理。ヴォルフが可愛すぎて止まんない』
『ん・・・・・全く仕方のない魔王だ』







「っ・・・!?」
今、僕は何を考えた?
コンラートのキスに、何を重ねた?
嫌だ、忘れてしまいたいのに。何で、重ねれば重ねるだけ思い出すんだ。






あいつの熱いキス。今でもまだ・・・・残ってる。







「・・・・・ヴォルフ」
「・・・・・あ・・・・・・」
いつの間にか唇を離していた。コンラートは僕に手を伸ばして、親指で頬をなぞる。
その指には滴がついていた。それで僕はようやく、自分が涙を流していたことに気づいた。
僕は自分の頬に手を添えて、涙を掬う。それを呆然と見ていると、コンラートがふっと笑った。
「分かった?ヴォルフ」
「え・・・・・・」
「自分の心に誰がいるか」
「っ・・・・・!」
それって・・・・








「俺は、他の人を想ってる子を抱いたりしないよ」
そう言って、コンラートは僕からどいてベッドから降りた。
「コンラート・・・・・」
少し体を起き上がらせて、名前を呟いた。コンラートはイスにかけてあった服を手にとって、
腕を通した。そしてにこ、と笑うと僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「分かっただろう?自分の本当の心が」
「・・・・・・」
「俺とキスしている間、誰のことを考えていた?俺のこと?違うよな」
「あ・・・・・・・」
「好きなら好きでいいじゃないか。陛下が婚約解消を望んで、解消しても、好きでいたい
なら好きでいればいい。いけないことなんかじゃないんだ」
あ・・・・また、頬に滴が伝った。僕はそれをごしごしと拭う。いつの間に、こんなに涙腺が
弱くなってしまったんだろう。
「コ、コンラート・・・・・あ、あの・・・・・・・・」
「もう、大丈夫かな」
くしゃっと僕の頭を撫でて、ふんわりと微笑んだ。





・・・・・ああ、僕はこの笑顔が大好きだった。
兄上って呼んで、後ろをいつもついて回っていた。
大きな手で、僕の頭を撫でて。優しい声で、一番聞きたい言葉を言ってくれて。
そして、僕の大好きな笑顔を見せてくれるんだ。










「・・・・・ごめんな・・・・・さい・・・・・・・」
「謝る必要なんかないだろう。ヴォルフは自分に正直に生きなきゃダメだよ」
「コンラート・・・・・」
「・・・・・・いつも、幸せを願ってる。俺は君のお兄さんなんだからね」
軽く僕の額にキスをして、僕から離れた。そしてくるりと向けた背を見たとき、僕は昔
感じた気持ちが心の中にまた生まれたのが分かった。








「コンラート!」
僕が呼ぶと、コンラートは振り返った。僕はぎゅうっと毛布を握り締める。







「好きだから!」
「え?」
「お前のこと、ホントに好きだった。嘘じゃない!ほんとの気持ちだ!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・大好きです。兄上」
「・・・・・・・ありがとう、ヴォルフ」
にっこりと笑うと、ひらひらと手を振って、部屋を出て行った。
大好きです、兄上。
嘘じゃない。ホントに、ホントに。
自分の正直な気持ちなんです。








「ごめんなさい・・・・」