Desire like breaking 7
真夜中、僕は眠れずに起き上がった。僕にしては珍しいことなのかもしれない。
少しだけ乱れた夜着をきちんと整えて、僕はベッドから降りる。久しぶりの一人のベッドは、
すごく大きく感じた。それに落ち着かなかったのだろうか。僕はドアノブを回して静かに外に
出た。
かつんかつん、と広い血盟城に靴の音が響く。すると、視界の先にユーリを見つけた。
窓から空を眺めている。だけど、今ユーリの側にいっても、話すことも出来なくて気まずい
だけだと思って、僕は違う道を行こうとした。
しかし、その瞬間びりっと何か強い衝撃が走ったような気がした。僕はユーリの方を向いて
みる。ユーリは、じっと自分の手を見ていた。僕はその掌から何か強い力を感じた。
僕はユーリに声をかけようと口を開く。しかし、声を発する瞬間、ユーリの掌から大きな
魔力が膨れ上がり、ユーリは掌を窓に向けた。そして大きな音をたてて窓が吹き飛んだ。
「な・・・・・・・」
呆然となって、僕はその場にへたり込む。魔王になって力を発した時とは違った。
今のユーリはユーリのままだ。
兵達がバタバタと駆けつける。あれだけ大きな音がしたんだ。当然だろう。
「陛下、何事ですか!!」
「一体何が・・・!!」
現場の有様に、兵達が驚いた声を上げる。しかし、ユーリはボーっとしていて何も
返事を返さない。そのうち、グウェンダル兄上やギュンター・・・・そして、コンラート
兄上もその場にやってきた。
「陛下、大丈夫ですか!?」
「へ、陛下!頬にお怪我が・・・!」
ガラスが割れ、その飛び散った破片で、ユーリの頬には一筋の傷が入っていた。
僕は頭がかっと熱くなる。そして立ち上がるとユーリの側まで行く。そして未だに呆けて
いるへなちょこ魔王の肩をグイッと引っ張って、左頬を思い切り引っ叩いた。
「・・・・あ・・・・」
「何をやってるんだ、この馬鹿!!魔力をあんなに放出して・・・・ガラスを割るなんて!!
こんな風に窓ガラスに向かって放出すれば、こうなることくらい分かるだろう!怪我を
したいと言っているようなものだぞ!」
僕は一気にユーリに向かって怒鳴った。
怖かった。びっくりした。
ユーリじゃないみたいで。あの時のユーリは、何も考えてない幽霊みたいで。
「この・・・・ばかっ・・・・・ホントに、びっくりして・・・・」
「・・・・見てたのか」
ユーリは小さく呟くと、急に僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「ユ、ユーリ・・・?」
「・・・・・・・・・」
「お、おい、離せ・・・・・こら」
「・・・・・やだ」
「何を言ってるんだ・・・・おいっ」
「・・・・・・・かい・・・・・・・」
「・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・あったかい・・・・・・・・」
「・・・・・・・ユーリ・・・・・・・?」
ユーリが顔を埋めている肩がじんわりと熱くなる。
「泣いて・・・・・・いるのか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・一体どうしたんだ?」
僕はユーリの体を少し離す。すると、ユーリは自分の掌をじっと見た。
「・・・・・・最近さ」
「ん?」
「なんか・・・・体がすごく熱くって。特にこの手がさ。勝手に動くんじゃないかって言う
くらい、言うこと聞いてくれなくて」
「・・・なんだ、それは・・・・聞いてないぞ、そんなこと」
「・・・・誰にも、言ってなかったから。最初は気にしてなかったけど、だんだん酷くなっ
てさ。この頃は左手が時々動いてくれなかった」
「病気なのか!?」
僕が叫ぶと、ざわっと周りが慌しくなる。医者だ、ギーゼラを呼べ!という声が聞こえて
くる。だけど、ユーリは首を横に振った。
「ユーリ・・・?」
「・・・・・すごく、怖かった。この手が最近、何かを壊し始めて。今日は・・・・ちょっと我慢
できなくてさ。窓ガラス、こんなにしてしまった」
「・・・・・・・」
「いつか・・・・・・・・・」
ユーリが僕の手をぎゅうっと握り締める。それに気づくと同時に、ユーリがぽたっと涙を
流した。
「いつか、ヴォルフのことも壊してしまうんじゃないかって、怖かったんだ」
「・・・・・え?」
僕を・・・?僕を、壊す?
どういうことなんだ?
「俺は・・・・・ヴォルフのことが好きだよ」
「ユーリ・・・・」
「だけど、好きすぎて・・・・・好きすぎて愛しすぎて、もう、溢れてしまいそうだった。そう
思った瞬間、魔力がぐんと高まった気がした」
「それ・・・・って・・・・」
「そうだよ。ヴォルフのこと想いすぎると、魔力が暴走してしまう。自分でもコントロール
できないんだ。必死に抑えようとしても、体が熱くなって仕方なくて・・・・・この間は気がつ
いたら、鳥を一羽粉々にしていた」
「・・・・・・・・・」
「怖かった。ヴォルフのこともいつか壊してしまうんじゃないかって。俺は俺が怖かった
んだ。だけどっ・・・・・!」
「っ・・・!」
ユーリに抱きしめられた。強い、強い力で。
「好きなんだ・・・・どうしようもないくらい好きなんだ!壊してしまいそうで怖かったけど・・・・
それでも好きで・・・・自分勝手に思う自分が許せなくて・・・!俺はっ・・・」
「ゆ・・・・り・・・・」
夢じゃない?ユーリが僕を、好き?
これは、夢じゃないのか?
聞きたくて聞きたくて、どうしようもなかった言葉。
もう二度と聞けないんじゃないかって思った、ユーリだけが使う魔法の言葉。
「この・・・・ばかっ、へなちょこっ・・・・」
僕はユーリの背に手を回した。
「それが理由だったのか?婚約を解消した・・・・・・」
「・・・・・」
ユーリが無言で頷いた。僕は涙を流しながら、ユーリの背中をぽかぽかと叩く。
「ホントにお前は馬鹿だ、へなちょこだ!そんなことっ・・・・」
「そんなことじゃないよっ、俺は本当に・・・・・」
僕はユーリをばっと引き離すと、思いっきり怒鳴りつけてやった。
「だから馬鹿でへなちょこなんだ!この間抜け!!」
「んなっ・・・・」
さすがにここまで言われて、ユーリの顔が引きつる。
「そ、そこまで言うことないだろ!俺はお前が心配で・・・!」
「だからって婚約解消するな!!そんなことしたって、魔力を抑えることなんか出来ない
くせに!!」
「ヴォルフを忘れることが出来たら、抑えられると思ったんだ!」
「このへなちょこ!!」
もう一度、僕はバシンッとユーリの頬を引っ叩いた。周りがぎょっとしてざわついたが、
そんなこと関係ない。
「離れて忘れられるのか!?僕を好きな気持ちを忘れられたのか!?」
「ヴォル・・・・」
「・・・・僕は出来ない!お前を忘れるなんてできっこない!!」
ああ、情けない。こんな大勢いる所でこんなこと叫んで。
兄上だって、兵士達だって見てるのに。貴族の威厳なんて全然ない。
でも、それでも、僕はユーリが好きだから。
そんなこと頭の隅に追いやるくらい、ユーリのことが好きで好きでたまらないから。
涙が止まらなくても仕方がない。
ユーリに伝えたい。抱きしめたい。
お願いだから、分かって。
僕はユーリが好きなんだ。
「ヴォルフ・・・・・」
耳元でユーリの声が聞こえ、僕の背にユーリの手が回る。
ぱらぱらと兵士達や兄上がこの場を離れていく。僕は残った意識でそれが分かった。
「ユーリ」
「え?」
「よく覚えておけ。僕は壊れたりなんかしない。ユーリの前からいなくなったりしない。
勘違いするな」
僕は、ガラス細工なんかじゃないんだ。
「・・・・・・うん・・・・・・・・」
安心しきった声だ。ユーリの柔らかくて優しい声だ。
僕は嬉しくて嬉しくて、ユーリが好きで、愛しくて。
もっと強くユーリに抱きついた。
「ごめんな・・・・ヴォルフ」
「もういい・・・・・もういいから。だから、ユーリ」
もう、離れないで。
二度と離さないで。
「もう、離さない・・・・・」
「ユーリ・・・・」
「・・・・・・・・愛してる」
「・・・・・・・うん。僕も、愛してる」
「愛してる・・・・・愛してる。もう、誤魔化したりしないから」
「うん・・・・」
少し離れて、顔を見合わせる。そしてどちらからともなく瞳を閉じて、そのままゆっくりと
口付けた。
少し、血の味がした。涙の味がした。
だけど、大好きなキスだった。
■ □
「不思議だよなぁ・・・・・」
「何がだ?」
俺とヴォルフラムは寝室に戻って散々愛し合った後、久々にお互いの体温を感じあっていた。
「俺の手。いつもはさ、魔力をあんな風に発散しても、しばらくしたらまた手にたまってくる
ような気がするんだ。でも、今はそれがない」
「・・・・・・・」
「何でかな・・・・」
「・・・・・・へなちょこ」
「はい?」
「そんなことも分からないなんて、へなちょこだって言ってるんだ」
「な、なんだよそれ」
またへなちょこ?・・・・まあ、ヴォルフラムなら言われるのもなんか、好きなんだけどさ。
「ユーリの手にたまってるものは、僕が全部もらったから」
「え?」
「ユーリの話を聞いていて思った。僕もユーリと同じだったんだ」
「ヴォルフも?」
「ああ。ユーリと婚約を解消しても、好きで好きで仕方なかった。それから体がいっぱい
熱くなった。どうしてなんだろうって考えてた」
ヴォルフラムはちゅ、と俺の掌にキスをした。
「受け取ってくれる相手がいなかったからだ」
「え・・・・」
「ユーリを好きだって気持ちを、ユーリが受け取ってくれなかったから。だから自分の
中でどんどんたまっていって、体が熱くて仕方なかったんだ」
「・・・・・・・・・」
「ユーリもおんなじだ」
にこ、とヴォルフラムが笑った。天使みたいな笑顔で。
「だけど・・・・・ヴォルフと一緒にいた時も、ずっとこんなだったぞ」
「ユーリが自分で分かってなかったからだ。僕がユーリのことをどれだけ好きか。僕は
ちゃんと分かっていたからな。一緒にいた時はなんともなかった」
「・・・・・・」
「だけど・・・・離れて分からなくなった。ユーリが僕のことをどう思ってるのか。不安で
不安で仕方なくて。だからどんどん自分だけの気持ちがたまっていった」
「自分だけの気持ち・・・・・」
「そうだ。僕だけがユーリを好きなんだって気持ちがどんどん自分の中にたまっていって、
ユーリに受け取ってもらえなかったから。でも、今は違う。僕達はお互いがどれだけお互い
のことを想ってるか分かってるから。だから、今は平気なんだ」
お互いの気持ち。
好きだっていう、大切な気持ち。
ああ、そうか・・・・・
「なんだ・・・・じゃあ俺、自分で自分の首絞めてたようなもんか」
「僕から離れようなんて、無謀なことするからだ」
「ホント・・・・そうだよな。俺が馬鹿だった」
俺はヴォルフラムの額や瞼、頬に唇を落とす。ヴォルフラムはくすぐったそうに笑った。
「じゃあ、一生離さないけど、いい?」
「ああ。僕も、いいか?」
「もちろん」
もう、離したくない。どれだけ大事な存在かって分かったから。
好きで好きで、大好きで。
ただ一人、この気持ちを受け取ってくれる相手なんだ。
