夢を魅せて 4





夜8時30分。家族の目を盗んで、うさぎはこっそりと家を抜け出した。
まだ約束の時間には早いが、あの星野の表情が頭から離れなくて、心配でしょうがなかったのだ。
「星野・・・・」
待ち合わせ場所に向かいながら、うさぎは小さく、星野の名前を呟いた。







公園について、きょろきょろと辺りを見渡す。
やっぱりまだ、星野の姿はどこにもない。うさぎは白い息を吐くと、くしゅんと一つくしゃみをする。
もう冬も近い。寒くなってくるのは当然だ。うさぎはブル、と体を震わせて自動販売機で温かいコーヒーを
買った。勿論星野の分も含めて、2本。
コーヒーの温かさを抱えて、ゆっくりと公園の中に入る。そして足を進めていくと、ふと耳に、声が入ってきた。
「この、声・・・・・」
綺麗で澄んだ声。切ない歌声。
聞き間違えるはずがない。



「星野・・・・・」
星野が歌っていた。一人小さく、歌っていた。
その声があまりにも切なくて、悲しくて。うさぎは胸が締め付けられるような思いがした。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。それが分からなくて、不安が募った。
そんな不安を振り払うかのようにぶんぶんと首を横に振る。そして星野に近づいて、後ろから軽くちょんっと
コーヒーの缶を頬につけた。


「あちっ」
「へへ、びっくりした?」
「おだんご・・・・・」
「早いね、星野。もう来てるなんて思わなかった」
「・・・・ああ・・・・」
星野はふい、と顔を背ける。
それにまた不安を感じる。しかし、うさぎはそれを振り払うため、わざと笑顔と明るい声で星野に接した。
「はい。星野の分・・・・・って、星野!何でそんなに薄着なのよ」
夜、この寒い中を歩き回るには薄すぎる星野の格好。うさぎは慌てて巻いているマフラーを解いて、星野に差し
出した。


「ホラ、これ貸してあげるから」
「・・・・・・・・」
星野が受け取らないので、うさぎは軽く息を吐いて星野の首に巻き始めた。






「そういえば、前にもこんなことあったよね」
「え・・・・?」
「ホラ、ライブの後・・・・くしゃみした私に、マフラー巻いてくれたでしょ?あの時は星野が私に巻いてくれた
んだよね。すっごく・・・・あったかかった」
「・・・・・・おだんご・・・・・」
「あのマフラーね、まだ家にあるよ。あの後結局返しそびれちゃったんだよね。あ、大切なものだったらちゃん
と返すから言ってね」
にこ、と笑って綺麗にマフラーを巻きつける。
「よし、これでOK。アイドルなんだから健康管理には気をつけなきゃダメじゃん」
うさぎはくすくすと笑うと、星野の隣にすとんっと座る。そして手にはーっと白い息を吐いた。
「あ、コーヒー飲む?あったかい・・・・・」
「いらない」
「あ・・・・・そ、そぉ?じゃあ、私飲んじゃおっかな」
冷たく言い放つ星野。こんな風な言い方をしたことは今までなかった。ますます不安が高まって、ドクドクと
心臓の鼓動の早さが増す。







「あ・・・・あのさ。話ってなに?」
本題に持っていくのは怖いが、うさぎは自分から聞いてみた。
しかし、星野は何も答えない。うさぎは俯いて、コーヒーの缶をぎゅっと握り締めた。





「・・・・・おだんご」
「え、なに?」
「・・・・・・・・あのさ」
「ん?」
うさぎが首を傾げると、星野はスッと立ち上がった。
「星野・・・・?」
「・・・・・・おだんご」

















俺と、別れてくれ











星野の冷たい一言が、うさぎの胸に突き刺さる。
冷たい風が一層冷たくなった。
体中から力が抜けていき、震える手から缶が滑り落ちた。







「な・・・・・・なん・・・で?」
こう聞き返すことで精一杯だった。いや、今自分が何を喋っているか。それさえも自覚していないかもしれない。
星野はぎゅっと拳を握った。
うさぎの声も、体も。全てが震えていることくらい見なくても分かった。しかし、決めたのだ。
うさぎが自分を嫌うくらい、もう二度と会いたくないって思えるくらい、冷たく振るのだと。
それが、うさぎの為になるのだと。そう思ったから。






「もう、恋人ゴッコはおしまい・・・・ってことだよ」
「・・・・・・・・なに・・・・・・・・それ・・・・・・・・」
「結構楽しかったぜ。この2年間。遊びにしてはな」
「ちょ、ちょっとまって星野・・・・何言ってるの?」
「あれ?おだんご、もしかしてずっと本気だった?」




「俺みたいなイイ男が、お前なんかと本気で恋愛するわけないだろ」
「っ・・・・・!!」







ばしっ!!
星野の頬に、うさぎの手に、痺れるくらいの痛みが走った。
うさぎははあはあと息を乱し、手を振り上げていた。
そしてこぼれた涙を拭うと、ポケットから星野からもらった鍵を取り出し、星野に向かって投げつけた。
「・・・・・・っ・・・・・・・大っ嫌い!!」
そう叫んで、うさぎはバタバタと走り出す。一人残された星野は、うさぎが投げつけた鍵を拾い上げ、
ぎゅっと強く握り締めた。
強く握ったせいで、爪と鍵が肌に食い込み、赤い血が流れる。そして俯いた星野の瞳から、ぽたりと
一粒の涙が零れ落ちた。








「ごめん・・・・おだんご・・・・・・・っ・・・・ごめん・・・・・うさぎっ・・・・」
止まらない涙。止まらない血。
それら全てが熱すぎて、仕方がなかった。