夢を魅せて 1






「おっそいなぁ・・・・」
腕時計に目をやって、うさぎはむぅ、と膨れる。約束の時間はとっくに30分も過ぎている。
まあ、時間に遅れるのはいつものことだ、と納得はしているのだが。
「おだんご!」
走ってくる彼の姿。これを見られるから少しくらい待つのも悪くないかなって思えてしまう。
「もう、星野おっそーい!」
「悪かったって。レコーディングが思ったより長引いちまって・・・・」
「しょうがないなぁ・・・・じゃ、ケーキ奢ってくれたら許してあげる」
本当はそこまで怒ってなどいないが、わざとそんなことを言ってみる。星野は笑うと、OKと言って
うさぎの頭をぽんぽんと撫でた。
「どこの店にする?」
「えっとねー・・・この間オープンした所!カスタードのケーキが甘くってふんわりしててとっても美味
しいって評判なんだよ」
「じゃあそこにするか。あんまり食いすぎんなよ、おだんご。太るぞ〜」
「失礼ね!そんなに食べないもん」
「そうか?最近この辺りがちょっと怪しくねぇ?」
そう言って腰の辺りに手を回す。うさぎはぼんっと真っ赤になると鞄でぼかっと星野を殴った。
「星野のばかぁ!えっち!」
ぷいっとそっぽを向いてすたすたと先に行く。殴られた所をさすって、星野は苦笑しながら走って、うさ
ぎに追いつく。





「ウソウソ。太ってねーって。それに俺、おだんごが太ったって好きだぜ」
「っ・・・・・ば、ばか」
うさぎはかあっと真っ赤になる。そしてさりげなく腰に手を回して抱き寄せても、今度は怒られなかった。












うさぎと星野が付き合い始めてから2年が過ぎた。
衛のこと、未来のことと問題はたくさんあった。しかし、それも二人で何とか乗り越えて、ずっと一緒に
いようと誓った。
そして今、うさぎと星野は高校3年生。今日は受験の息抜きに、こうして遊びに来ているのだ。
二人はそれぞれ進路を決めた。うさぎは短大、星野は大学には行かず、芸能活動をするという進路だ。
「星野ってさぁ、ほんとに大学行かなくていいの?」
「ああ。もう勉強から離れて、芸能活動一本に絞りたいからな」
「そっかぁ・・・・じゃあ、ますます会えなくなっちゃうね」
カラン、と氷の音をたたせると、うさぎはケーキをぱくっと一口食べた。星野はくすっと笑うと、ごそっとポ
ケットに手を入れた。



「おだんご、手出して」
「え?」
「手」
「あ、うん・・・・・・こう?」
うさぎが右手を差し出すと、星野はうさぎの手にあるものを置いて、ぎゅっと握らせた。
「・・・・・・・・なに?」
「見てみろよ」
星野にいわれて、そっと手を開いた。
可愛いうさぎのキーホルダーがついた、一つの鍵。うさぎはきょとんとした顔をして、星野を見た。
「これ・・・?」
「俺の家の鍵」
「え、私持ってるじゃない。星野の家の鍵」
「いや、そうじゃなくて・・・・・」
首をかしげるうさぎを見て、星野は困ったように頭をかく。




「あの・・・・な」
「ん?」
「これな、今までの俺の家の鍵じゃなくて・・・・新しい俺の家の鍵」
「えっ、星野引っ越したの?」
「ああ。って言っても、あのマンションの隣の部屋なんだけど・・・・」
「え、なんでわざわざ?」
「それは・・・・・だから・・・・・・」
「うん」
なになに?という顔をするうさぎを見て、星野ははあ〜っとため息をついた。
そう。このうさぎに遠まわしな言い方は通用しない。





「高校卒業したら・・・・な」
「うん」
「そこで、一緒に住まないかな・・・・・と思って」
「・・・・・・・・え」
うさぎは目をぱちくりさせて固まる。そしてしばらくして、星野が言った言葉の意味が分かり、かあ
あっと顔を赤くした。
「え、ええっ!?」
「・・・・・そんな驚くことか?」
「だ、だって・・・・・そういうのって、アイドルにはよくないんじゃない?それに、それってつまり・・・・・」
「・・・・・・うん。同棲しないかってことなんだけど」
「は、はっきり言わないでよっ!」
真っ赤になった顔を両手で抑える。そんなうさぎを心底可愛いと思ってしまうのは、もう末期なのだろうか。
星野は苦笑すると、ぽんぽん、と頭を叩いた。
「事務所側がダメだって言っても、もう決めたから。なんなら、交際宣言したっていいし。勿論、おだんごが
良ければだけどさ」
「星野・・・・」
「・・・・それとも、嫌か?」
無意識になのか、少し不安そうな顔を見せる星野を見て、思わずドキッとする。色々な表情をくるくる
見せる星野は、うさぎにとって心臓に悪い。





「・・・・・・・・ばか。嫌なわけ、ないじゃない・・・・・」
「・・・・・・おだんご・・・・・・・」
「私は・・・・・・今よりもっと星野と一緒にいたいって思ってるんだよ?だから・・・・・すっごく嬉しい」
えへへ、と笑うとての中にある鍵をぎゅう、と握り締めた。
「私、高校卒業までにお料理とか頑張って覚えるね」
「おだんご・・・・・」
星野は笑って、くしゃリとうさぎの頭を撫でた。





「・・・・・サンキュ」
「・・・・・えへ」












ケーキを食べ終わって喫茶店を出る。次にどこに行こうかと考えていると、星野が言った。
「なあ、俺の家、来ないか?」
「え?」
「大気や夜天がいるほうじゃなくて、俺一人の部屋。まだあんまり家具とかないけどさ。一緒に住むんなら
おだんごの好みもちゃんと取り入れたいし」
「あ、そっか・・・・・・・そうだね。でも、気が早いなぁ。高校卒業するまで3ヶ月以上あるのに」
「こういうのは早い方がいいだろ。あ、でも・・・・その前にお前の家に挨拶に行かなきゃだな。まだ一回も挨拶
したことないし・・・・・・忙しいからって、悪かったな」
「ううん、ちゃんと話してあるもん、忙しい人なんだって。流石にスリーライツの星野光とは言ってないけど・・・・・」
「あ、やっぱり?」
「言ったところで信じてくれないよ。スリーライツの星野光と付き合ってるんだよー・・・・なんてさ」
「だったら、今度挨拶に行くな。ま、いきなり同棲なんて言わないから安心しろ」
「あはは・・・・・その方がいいかも。ママはともかく、パパが色々言うだろうから」
「お前の父親って娘命タイプなわけ?」
「別に命って訳じゃないけど・・・・・恋人とかそういうのには厳しいかな。前にね、まもちゃんが家に来た時・・・・・・・」
笑顔で言っていた言葉が止まる。うさぎは口で手を押さえて俯いた。
その理由が痛いほど分かり、星野はすぐにうさぎの手を握った。うさぎははっとして星野を見上げる。





「・・・・・近いうち、お前の家行ってもいい?」
「・・・・・・・うん。待ってる」
星野はそっとうさぎの額に口付けた。
それがどれだけ安心するか、おそらく星野自身はあまり分かっていない。うさぎはぎゅっと星野の腕にしがみ
つくと、聞こえないほど小さくありがと、と呟いた。








「唄を聴かせて」の続編です。
今回は後半、かーなーり切なくなります・・・・
でも、ラストは絶対ハッピーエンド!バッドエンド嫌いって言うか苦手なのでv