- ■ 呪縛 〜脅迫〜
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体が重い。動かない。いまだかつてない疲労感を体中に感じて、僕は目を覚ました。
朝の日差しに目を細め、軽く辺りを見渡す。ここは、血盟城の一室だ。それはなんとなく理解
出来た。
確か昨日は、渋谷とグレタとピクニックに言って・・・・・その後、渋谷のお誘いで血盟城に泊まっ
たんだっけ。
それから、それ・・・・から・・・・・
だんだん頭が冴えてくる。でも、完全に冴える前にドアの方からくすくすという笑い声が聞こえ
て、僕は振り返った。
「イイ眺め」
「サラ・・・・っ!!」
最初はこいつがいたことに驚いたけど、今の自分の格好を認識すると、頭から毛布をガバッと
かぶった。男同士なんだから、別に見られたって平気なんだろうけど、どんどん昨日のことを
思い出してきて、それを考えると、体中が熱くなる。
「体、大丈夫?」
「近づくなっ・・・・!!」
僕は思いっきりサラレギーを睨みつけてやる。だけど、そんなこと全く気にしてない様子で、
サラレギーは僕に近づいてくる。
「声、掠れてるね。薬でも持って来ようか?」
「うるさいっ・・・・!僕に近づくな・・・・・」
一生懸命サラレギーを押し返すけど、力は全く入らない。簡単に手首を掴まれて、サラレギーは
僕に口付けた。
「んんっ・・・・・ん、ふぅ・・・・・」
息苦しさに眩暈が思想になるが、一生懸命意識を保って、思いっきり唇をがりっと噛みつけて
やった。
「つっ・・・・・」
サラレギーは唇を離す。唇からは一筋の血が流れていて、サラレギーはぺろりとそれを舐める。
「君のこと・・・・・不敬罪として訴えてやるんだからっ・・・・!!」
「どうぞ?出来るならね」
「え・・・・・」
「僕のコト訴えることになると、君の愛しい人にもバレちゃうことになるんじゃない?」
「っ・・・・!」
さっと血の気が引いた。
ヨザックに知られる。もし知られたら、どうなるんだろう。
嫌われて、しまう・・・・?
そんなの・・・・・
「それにホラ。ここにいいものがあるんだよ」
「それ・・・・・」
サラレギーが持っているのはインスタントカメラ。どこでそんなもの、と僕は目を見開いた。
「ユーリに借りたんだ。昔、このカメラというものの存在を聞いてね。持ってないか聞いてみ
た。まだ使ってないのがあるからって、僕にくれたんだよ。ユーリってホントにいい子だよね」
サラレギーはクスクスと笑って、ぽんとインスタントカメラを宙に放る。
「これ、チキュウってトコじゃないと写真にならないんだってね。ユーリに頼まないと無理だよ
ね。そのときは、中身見てもいいよって言おうかな。君のとっても可愛い姿が映ってるから、
僕一人で楽しむのも勿体無いし」
「なっ・・・!!ま、さか・・・・・」
「そうだよ。昨夜の様子、ちゃんと撮ってたんだ。まあ、僕しか撮る人がいないから、君の姿
しか映ってないけど・・・・・すっごく可愛く撮ったよ。情事の後の君をね」
「っ・・・・そ、んな・・・・・」
「これ、ユーリに見せたらどうなるかなぁ」
「そん、なこと・・・・君だってタダじゃすまないだろ!」
「別に構わないよ。僕だってこれでも一国の王なんだから、どうとでもなる。まあ、ユーリ以外
の人にバレたら、最悪戦争にはなるかもしれないけど、ユーリはそれを望まないだろうね」
「・・・・・それ・・・・は・・・・・」
そんなこと分かってる。渋谷がどれだけ苦労して、今の平和な世界を築いたのかくらい知っている。
それを崩すなんて、僕には出来ない。渋谷を苦しめることなんて出来ない。それに・・・・・
「グリエ・ヨザックって言うんだっけ?君の恋人は」
「っ!!」
「彼にこれを見せたらどうなるかな?」
「や・・・めて!それだけはやめて!!」
何より怖いと思ってる。彼に知られることを。
ヨザックは優しい。滅多なことでは怒ったりしない。いつだって僕に甘い。
だけど、他の男と寝たということを知られたらどうなるだろうか。しかも、僕は最後には陥落し
て、僕から行為を強請ってしまった。そんなこと知られたら、一体どうなる?
嫌われてしまう。そんなの・・・・・・そんなの嫌だ。
「そんなに震えないでよ。別に見せようなんて思ってないよ」
「え・・・・」
「そのかわり、僕とこういう関係、続けてくれる?」
「なっ・・・!!」
「彼と今別れろなんていわないよ。そのまま付き合ってていい。彼の前ではいつも通りの君を
見せればいいさ。だけど、夜は僕のものだ」
「そ・・・・んな・・・・・」
またあんなことをやるというの?
昨晩のことを思い出すと、鳥肌が立ってくる。僕は震えて、ぎゅうっと自分の体を抱きしめた。
「彼のものでもいい。でも、僕のものにもなって」
「僕に・・・・・二股かけろっていうわけ・・・?」
「まあ、簡単に言えばそうかな」
「・・・・最低っ・・・!」
ぼろぼろ涙がこぼれてくる。するとサラレギーはそっと僕の涙を指で拭う。僕はキッと睨みつけ
ると、バシッとその手をはたいた。
「・・・・それで?どうする?僕のものになる?それとも・・・・・全てを失う?」
「それ・・・は・・・・・」
・・・・・選択肢なんか、一つしかなかった。
断ったら、全てを失う。友達も、この世界も、そして・・・・・最愛の恋人も。
ただ僕が、我慢していれば・・・・・それだけでいいんなら。
「くっ・・・・・」
「・・・・泣かないで。泣かせたいわけじゃない」
悔しくて、悲しくて。涙が止まらなかった。そんな僕を、サラレギーはそっと抱きしめてきた。
押し返そうと思っても、もうそんな気力はない。今の僕はただ、涙を流すことしか出来なかったんだ。
☆ ★
朝から体中痛くて、気持ちが悪い感触がして。サラレギーが出て行った後、僕は一人シャワーを
浴びた。
僕はあの後気絶してしまったから知らないけど、体は綺麗に洗われていた。服以外は整えてくれ
たみたいだ。中にあった白濁の液も、もうないみたいだ。
そう考えると、途端に顔が熱くなる。あいつに後処理をさせたんだ、と思うと羞恥でいっぱいに
なる。
僕はペタン、とその場に座り込む。サラレギーの放ったものが入っている感覚はない。
でも、まだ中に何か入ってるみたいで。僕は気持ち悪さに吐き気がした。
「感覚って・・・・しばらく残るのかな・・・・・」
昨晩入れられた異物の感覚。何も入ってないのに、いやに感じてしまった。はあ、と息を乱す
と、僕はシャワーを頭から浴びたまま涙を流した。
もう枯れるほど泣いたと思ったのに。まだこんなに出て来るんだ。
こんなに泣き虫だったっけ。僕はごしごしと拭ってもまだ出てくる涙を見ながら、そんなことを
考えた。
☆ ★
お風呂から上がってバスローブを羽織る。ホントはこの後朝食だけど、そんな気分になれるわけ
がない。誰かが迎えにきたら具合悪いってことにして眠ろう。そう思って、ベッドの中にもぐり
こんだ。
すると、こんこんとドアがノックされる。ああ、迎えがもう来たんだ。
「・・・・どーぞ」
覇気のない声で言って、毛布を頭からかぶる。誰にも、今の自分の姿は見せたくなかったから。
だけど。
「あれー?猊下、まだ寝てるんですか?」
能天気な声。だけど、安心する声。
聞き覚えのある声が耳に届いて、僕は目を見開き、ガバッと飛び起きた。
「あ、起きてたんですか」
「・・・・ヨザ・・・ック・・・・」
「はーい、グリエ・ヨザックですよん」
女口調でそう言って、ヨザックは笑う。そしてゆっくりと僕に近づいて、ぼすんとベッドに座った。
「まだ寝てたんですか?陛下が朝食とろうって待ってますよ」
「ど・・・・して・・・・ここに・・・・」
「え?どうしてって・・・・今日帰るって白鳩便送ったじゃないですか。見てないんですか?」
「み、見たけど・・・・こんなに早く・・・・」
「ああ。プー閣下と話してですねー、一日も早く愛しい人に会いたいってことで、朝の出発を
早めたんですよ。まあ、おかげで他の兵士は寝不足でしょうけど」
「・・・・・」
「でも、出発早めて正解でしたよ。猊下のこんなに可愛らしい寝起き姿が見られたんですからvv」
にっこリと笑って恥ずかしいことをサラッと言う。いつもなら何言ってるんだよって怒って、
枕の一つでも投げつける。
だけど・・・今はそんな一言でも、すごく嬉しくて。
そして・・・・切なくて。
僕はまたぽろぽろと涙を流した。
「げ、猊下!?ど、どうなされたんですか!?」
僕が急に泣き出してしまったから、ヨザックは大慌て。僕は慌ててごしごしと涙を拭く。
だけど、全然止まらない。
「ごめっ・・・・ごめん・・・・・」
「猊下・・・・?」
心配かけてごめん。もう泣き止むから。
それから・・・・裏切ってしまって、ごめん。汚れた体になってしまってごめん。
ああ、もう。どれだけの言葉を伝えたいのか分からなくなってきた。
だけど、心配そうな顔でヨザックが僕を見るから。
ぼくは必死になって目を擦った。
「・・・・・お帰り、ヨザック」
「猊下・・・・・」
「あ、あはっ・・・・ごめんね。なんか・・・・感動しちゃってさ。ホラ、ずっと会えなかったでしょ?」
「あ・・・・はあ」
「・・・・嬉しくて・・・・会えて嬉しくて・・・・涙が出たの。ただそれだけ」
「・・・・ホントに?」
「ほんとだよ・・・・・・お帰り、ヨザック」
「・・・・・・はい。ただいま帰りました」
ヨザックはもうそれ以上詮索しないと決めたのだろう。ふんわりとした笑顔を見せて、僕のこと
を抱きしめてくれた。
暖かくて、大きくて。とても安心する腕。
この腕の中だと、もうホントに・・・・・余計に涙が止まらない。
僕はヨザックの背に手を回すと、もう一度呟いた。
「・・・・・おかえりなさい」
おかえりなさい、会いたかった。
そして・・・・・ごめんなさい。
もう僕は、君の知ってる僕じゃないの。
だけど、もう決めてしまったから。
君を騙していくって、決めてしまったから。
・・・・・・・ごめんなさい。
