- ■ 呪縛 〜約束〜
■
「それにしても、ホントに大したことなくてよかったよ」
「うん・・・・ごめんね、渋谷。心配かけて」
昨日、すごく具合が悪そうにして宝心配だったけど、もう熱も引いたみたいだな。
まだ少し顔色は悪そうだったけど、笑顔を見せている村田を見て、俺はホッとした。
「猊下、ホラ見て!花束作ったのよ」
「わあ、可愛いね」
「猊下にあげる!」
「僕に?ありがと、グレタ」
村田は嬉しそうにグレタの作った花束を受け取った。
「いい香り・・・・」
ふんわりと香ってくる花を嬉しそうに見つめる。
そんな村田の顔を見て、俺はちょっとどきりとした。俺がぼーっとして村田を見ている
と、その視線に気づいたのか、きょんと首を傾げてきた。
「どうかした?」
「え?あっ、ごめん。な、なんかさ、村田、感じ変わったなーって思って」
「感じ?」
「う、うん。なんていうか・・・・・色っぽくなったっていうかさ」
全体的の雰囲気とか、なんか変わった気がする。俺が照れながら言うと、村田の表情が
一瞬強張ったような気がした。あれ?気のせい・・・かな。
「何言ってんの、渋谷。そんなこと言ってると、フォンビーレフェルト卿に言いつけちゃうよ」
「げっ!!そ、それだけは勘弁!!」
「言いつけちゃうぞー。ねー、グレタ」
「ねー?」
「わーっ、ごめん!俺が悪かったデス!!」
だからヴォルフに言うのだけはやめて!俺が殺されるーっ!!
あははっと笑う村田とグレタをよそに、俺は本気で自分の命の心配をしてしまった。
なんだ・・・・やっぱり気のせいか。そうだよな。村田は村田だもんな。
別人のように見えた、なんて。
きっと俺の気のせいなんだよな。
「じゃあ俺たち戻るけど・・・・ちゃんと寝てるんだぞ」
「わかってるよ。具合が悪いときまで仕事なんかしませんって。ありがたく休ませてもらうよ」
「ん、それでよし。じゃあな」
「ばいばーい、猊下」
「うん、ばいばい」
グレタが手を振ると、村田も小さく手を振る。そして俺はグレタを連れて、回廊を歩く。
すると視線の端に、オレンジを見つけた。
「ヨザック!」
「あ、坊ちゃん」
「お前、帰ってたんだ!」
数日前から任務に出ていた。帰る予定だなんて知らなかった。
「ええ。さっき帰ってきたばっかりでしてね。今親分に報告を・・・・」
「じゃあ、まだ村田の所に行ってないんだな!?」
「え?はあ。報告終わってから行こうと思ってたんで・・・・・」
「グウェンダルには俺から上手く言っておくからさ!先に村田の所に行ってやってくれよ」
「え?」
「実はさ、村田昨日倒れたんだ」
「え!?」
ヨザックの顔色が変わる。そりゃそうだよな。俺だってヴォルフが倒れたって聞いたら、
じっとしていられないもん。
「今日はもう大分良くなってるみたいだけど・・・・・村田だって早くヨザックに会いたいだろ
うからさ。行ってやってよ」
「は・・・はい。じゃあ、そうさせてもらいます」
ヨザックは軽く会釈をすると、だーっと走って行ってしまった。は、早い。もう姿が見えない。
・・・・・やれやれ。ホントに素直な奴だよなぁ。
「さてと。グレタ、グウェンダルの所に行こうか。言い訳、考えないとな」
「はーいっ」
☆ ★
猊下猊下ーっ!!
俺は血盟上廊下を、誰に注意されてもそのスピードを落とすことなく猊下の部屋に向かう。
猊下の部屋の前に来ると、きゅきゅきゅっと音を立てて止まる。ああ、靴底磨り減った
な、こりゃ。
猊下の部屋の前まで来て、一度息を吐く。そしてこんこん、とドアをノックすると、中か
ら少し弱い声が返ってくる。
「猊下、俺です。入ってもいいですか?」
「・・・・ヨザ!?」
猊下の驚いた声が聞こえる。その数秒後、ガチャッとドアが勢いよく開いて、情けなくも
ガンッと顔面にドアをぶつけてしまった。
「いっつ〜・・・!」
「ご、ごめん。大丈夫?」
「は、はい何とか・・・・それより猊下、ダメですよ。ちゃんと寝てなきゃ」
「あ、ごめん・・・・ちょっと驚いて・・・・・わっ」
「おっと」
ふらりと猊下の体が倒れてきたから、俺は体を受け止める。
・・・・・・・あれ?猊下の体って、こんなに細かったっけ。
「ご、ごめん」
「いえいえ。でも、ちゃんと寝てなきゃダメですよ。ホラ、ベッドに行きましょう」
「う、うん・・・・わっ」
ひょいと猊下の体を抱き上げる。
うわっ、なんだこれ。メチャクチャ軽い。
「猊下、痩せたんじゃないですか?前抱いた時より随分軽くなってますよ」
「あ・・・・そ、そかな」
「ダメですよー、ちゃんと食べなきゃ。今度俺が手料理作ってあげます」
「・・・・・ホント?」
「はい。猊下のお好きなもの、何でも」
「・・・・・じゃあ、いっぱい食べる」
「はい、そうしてくださいな」
なんか妙に素直な猊下だったけど、まあいいことだよな。俺は猊下の体をベッドに静かに
寝かせた。
「何かほしいもの、あります?果物とか」
「・・・・いらない」
「あ、食べたばっかりでした?」
「そうじゃないけど・・・・食べ物より、ヨザックがここにいてくれるほうが嬉しい」
「っ!」
ヤ、ヤバイ・・・・・今、スッゴイ嬉しいこと言われた。
ぷるぷると震えているが、そんな俺を見て首をかしげている猊下を見ると、何で悶えて
しまっているか全然気づいてないようだ。恐るべき天然発言。
「よざ・・・?」
「あ、す、すみません。じゃあ、ここにいます」
「・・・・うん」
嬉しそうにふにゃリと笑う。
ちょ、ちょっと・・・・ホント可愛いんですけど。ドキドキしながら襲いそうになる衝動を
必死で抑えた。
するとその時、ベッドの上にこの間俺があげたぬいぐるみが転がっているのに気づいた。
俺がじーっとそれを見ていると、猊下がそれに気づいて顔を真っ赤にしてばっとぬいぐる
みを腕の中に隠す。
あれって・・・・飾ってたって感じじゃないよな。もしかして・・・・・・・
「・・・・・俺だと思って、抱きしめてた・・・とか?」
試しにちょっと聞いてみると、猊下はさらに顔を真っ赤にする。
うわ・・・・な、何だこれ。猊下って、こんなに素直な反応を返す人だったっけ。それに、
こんな嬉しい事を・・・・・・
「あ、え、えっと・・・・・・気に入ってくれたんなら嬉しいですよ。あ、そうだ!また何か
作りましょうか」
「え?」
「今度は猊下が作って欲しいもの。犬でも猫でも。何でもいいですよ」
「でも・・・・忙しいんじゃないの?」
「平気ですよ。任務が終わったらしばらく休みを取っていいって、この間親分に言われま
したし。ね?猊下のお見舞いってことで」
「・・・・・・・・ほんとに、何でもいい?」
「はい。あ、でもあんまり難しいのは無理ですよ」
「・・・・じゃあ、ダメかなぁ」
「難しいんですか?」
「・・・・・かも」
「なんですか?言ってみてくださいよ」
作るのが難しいのって・・・・龍とか?それとも鳥とかかなぁ。俺は色々考えてみたけれど、
猊下の答えは俺の予想をひっくり返すようなものだった。
「・・・・・・よざ、がいい」
「・・・・・・・へ?」
「・・・・・・・ヨザのぬいぐるみが、欲しいな・・・・って」
ダメ・・・?と首をかしげて上目遣いに俺を見上げてくる。
げ・・・・猊下。それってほんとに天然ですか。狙ってないんですか。俺は体中の熱が一気に
顔まで上がっていくのが感じられた。
「お・・・・・・俺ですか?」
「うん・・・・・でも、やっぱり難しいかな」
「つ、作ります!絶対!!」
こんなに可愛いことを言われて、作れないなんて言えるもんか。アニシナちゃんに実験台
にされようが何をされようが教わって作って参ります。
「ちょっと時間がかかるかもしれないですけど・・・・・絶対作ります」
「・・・・うん。楽しみにしてるね」
ほんとに嬉しそうに微笑まれて、理性の糸が一本プツン、と切れる。
俺はゆっくりと猊下に手を伸ばして、力を入れすぎないように静かに抱きしめた。猊下は
驚いたような様子だったが、おずおずと俺の背に手を回してくる。
か・・・・・可愛い。
俺はいつになく素直な猊下に感動しながら、ちょっとだけ抱きしめる力を込めた。
本当なら、このままキスの一つでもしたいところだが、してしまえばもう止まらなくなる
ような気がする。
猊下は病人なんだ。そんなことしてはいけないんだ。そう必死に自分に言い聞かせて、
ゆっくりと猊下を離した。
「じゃ、じゃあ、俺・・・・・・・親分のところに戻ります。まだ報告してないんで」
「え、そうなの?じゃあ・・・うん、戻った方がいいよ」
「そうしますね。じゃ・・・・また後で」
「・・・・うん」
猊下が名残惜しそうな目でじっと俺を見つめてくるから、もうたまらなくなって来て。
俺は猊下の額にそっと唇を寄せた。
「じゃ、じゃあ、失礼します!」
俺は慌ててバタバタと部屋を出て行く。
部屋を出て、ドアに背を寄りかからせると、真っ赤になってしまった顔を片手で覆う。
「ああ・・・・クソ。どこの乙女だよ、俺は」
俺は首を横に振る。
さてと。猊下とは違って可愛らしい笑顔という文字の無縁の上司にでも会いに行きますかね。
☆ ★
ヨザックが出て行って、口付けられた額を押さえ、僕はぼーっとなってしまっていた。
そりゃ、キスなんて初めてじゃない。それも額なんて、いつものことと言ったっていい。
だけど、すっごく嬉しくて。ああ、ヨザックだなあって、思って。
僕はぬいぐるみを抱きしめて、思わず笑ってしまった。
「お熱いことで」
「っ!」
いつの間に、そこに。僕は目を見開いてドアのところにいるサラレギーを見た。にっこり
と微笑むと、サラレギーは僕にゆっくりと近づく。
「体、大丈夫?昨日は無茶しちゃったからね」
「さ、触んないでっ!!」
手を伸ばしてくるサラレギーを、僕は拒んだ。
だって、この指先にまでヨザックの温もりが残ってるから。消してしまいたくない。
サラレギーはそんな僕の気持ちを読み取ったのだろうか。僕のスキをついて、グイッと
腕を引っ張り、自分の腕の中に僕を閉じ込めた。
「やっ・・・・やだ!離して!!」
「暴れないで。暴れたら、アソコも触っちゃうよ?」
「っ!!」
びくりと体が強張る。力が自然に抜けていく。
悔しい。抵抗すら満足に出来ないなんて。
「ちょっと妬けちゃうな。君があんなに喜んでるのを見ると」
「何言ってっ・・・・!!」
かあっと頭の中まで熱くなり、僕は思い切りサラレギーを突き飛ばした。
「・・・・誤解しないで。僕が好きなのはヨザックだけだ。ヨザックしか好きじゃない。君の
ことで喜んだことなんか一度もないし、これからだってない。何度君に抱かれたって、
心が変わることは絶対ないんだから!!」
今まで言いたかったことを、一気に叫んで、僕ははあはあと息を乱す。
サラレギーは冷たい目で僕を見つめる。そしてぐいと腕を掴み、ベッドへと押し倒し、
深く深く口付けた。
「んんっ・・・・!!」
力を入れたけど、風邪を引いて体力が落ちてしまっているし、もともとサラレギーには
力では適わない。抵抗することも出来なくて、僕はただ、サラレギーのキスを受け入れる
しかなかった。
「ふはっ、はあ・・・・・」
「・・・・ホントにそうかな?」
「・・・・え?」
「だって、君は喜んでるじゃない。僕としてるとき・・・・この体は」
「ひゃっ・・・!!」
指先で肌をなぞられ、体が思わずびくんと跳ねる。
「ホラ・・・・こんなに素直に喜んでる。可愛い・・・」
「ひあっ、あん・・・・・」
胸の突起を舐められて、かりっと歯を立てられる。そんなわずかな刺激に反応してしまう
この体が嫌だ。
「あ、あんっ・・・・あ・・・・」
突起を口に含まれ、ちゅく、と音を立てて舐められる。そしてそれをじっくりと時間を
かけてやられると、体からどんどん力が抜けていった。
「僕に反抗的な態度を取ったお仕置きってことで。いっぱいいじめてあげるから」
「やっ、あん・・・・・やめ、て・・・・」
「・・・・・といっても、そんな激しいの、昼間からやるのもなんだしね。夜にゆっくりとしよう」
「はあっ、はあ・・・・・」
息を整えていると、サラレギーは僕に再び口付ける。そして何度も何度も重ね合わせて
キスをして、ゆっくりと離されるとき、唾液の糸が口の端に落ちる。
「色っぽい顔・・・・ユーリの言葉に納得するよ」
「っ・・・一体・・・いつからいたのさ」
僕がじろりと睨むと、サラレギーはにっこり笑って内緒、と言った。
「じゃあね」
サラレギーが静かに出て行って、僕は一つ息を吐く。ぐい、と口の端に落ちた唾液を腕で
拭い、消えてしまったヨザックの温もりを探すように、僕は体をぎゅっと抱きしめた。
「よざ・・・・・」
ぽふん、と枕に頭を乗せると、ぽろりと一粒涙を落とした。
