- ■ 呪縛 〜優しい香り〜
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「はあっ、はあ・・・・」
額から、汗がぽたりと流れ落ちる。だけど、それはぬぐうことは出来なかった。
両手は一つに縛られて、天井から垂れたロープで頭の上に括り付けられた。両足も広げられ
て、羞恥で顔が熱くなる。
こんな恥ずかしい格好、知らない。早く、早く終わって。
それだけを考えて、この羞恥にも耐えた。
「・・・・可愛い。顔、真っ赤にして・・・・こんなに震えて。それでもやっぱり感じてる」
「そ・・・な、こと、ないっ・・・・・」
「意地張っちゃって。どうしてその気になるまでこんなに遅いかな・・・・・まあ、それはそれ
で面白いから好きなんだけどね」
サラレギーは僕のソレの先端をちょいと指でなぞる。びくん、と体が震え、縛られたロー
プが揺れる。
「や、だっ・・・・・これ、ほどいてぇ・・・・」
「ダメ。そうやって感じてる顔がすごく可愛いからね。もう少しこのままで・・・・」
「ひっ・・・・あ、あんっ」
ぺろりと舐められて、足が震える。ちゅくちゅくと音を立てて、口に含んで舐め回される。
手足が動かせないからか、今までの何倍も感じてしまう。
「お・・・願い、もう・・・・やだぁっ・・・・」
「気持ちいい?」
「ん、うんっ・・・・」
「・・・・いいよ。一回イッてからね」
「あ、ああっ・・・・ひああっ!」
ぐちゅリと強く握られた。痛みはある。だけど、快感の方が強い。
がくがくと体を震わせ、サラレギーを見上げる。
「ちょ、ぉだい・・・・・サラのが、欲しい・・・・・」
今日も僕は、彼を裏切る。
快楽に負けて、彼を騙す。
愛しい人を想いながら、僕は襲ってくる快楽に身を任せる。
☆ ★
ああ、腰が痛い。体中が痛い。だけど、そろそろ眞王廟の方にも戻らないといけないから。
僕はいつもの詰襟の黒い服を着込んだ。
「むーらた」
「・・・・渋谷」
ちょうど着替えが終わると、渋谷がぴょっこリと顔を見せる。隣にはちゃんとグレタがいる。
「馬車の用意、もうすぐ出来るって。村田の方は準備できた?」
「うん。準備っていっても、こっちには何も持ってきてないしね。あ、これはちゃんと持っ
ていくけど」
僕はグレタの持ってきてくれた花束と花冠を手に取る。すると、グレタは嬉しそうに笑った。
「どうする?またこっちに戻ってくる?ヨザック、当分こっちにいるみたいだしさ」
「・・・・あのね。血盟城にいる理由をヨザックだけで片付けないでよ」
「あれ、違うの?」
「・・・・・・・・違わないけど、さ」
うぅ・・・・つい顔が赤くなってしまう。
「おぉ、素直」
「・・・・・グレタ。僕と一緒に眞王廟に行くー?」
「ああっ、村田ごめんなさい!!謝るからグレタは連れて行かないでーっ!!」
ああ、面白い。ホントにからかい甲斐あるよねぇ。
「おやおや。なんだか楽しそうだね」
「あ、サラ!」
後ろから聞こえた声に、体がびくりと反応する。悔しいくらいに反応してしまうのが恨めしい。
「今日、眞王廟に帰るんだって?」
「う・・・ん。あんまり離れるわけにもいかないし」
「それは残念だな。話し相手がいなくなるのはつまらないね。いつも楽しい言葉を聞かせて
もらっているし」
「っ・・・・!」
「あれ?二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの?」
「ふふー、秘密」
「何それ。変なのー」
「サラと猊下、仲良しなのー?」
「うん、そうだよー」
・・・・・・・殴ってやりたい、と思った。勿論グレタじゃなくてサラレギーの方。
「ま、とりあえずすぐに戻ってきてほしいな。君との時間はすごく楽しいから」
「・・・・・・・眞王次第、かな」
「そうだね。全ては眞王陛下の御心のままにって、ことかな」
この笑顔に腹が立つ。サラレギーの言葉一つ一つにびくびくしてるのは僕だけで、それが
すごく腹が立つ。
僕がきゅっと襟をつめると、こんこんとドアがノックされた。
「げーいかー。馬車が用意できましたよー」
ヨザックが顔を見せる。僕はハッと顔を上げて、早足でドアの方へと駆け寄った。
「・・・・行こっ、ヨザック」
「あ、はい」
「じゃあね。大賢者様」
「・・・・・・うん」
僕はサラレギーの方を見ないように、部屋を静かに出て行った。
このまま、出会わなければいいのに。
彼とこのまま出合わないようになればいいのに。
そんなことが出来ないことなど分かっているけど、そう思わずにはいられなかった。
「猊下。足元気をつけてくださいね」
「・・・・・・うん」
ヨザックの手を持って、馬車に乗り込む。ヨザックが行ってくれ、と伝えると、馬車が進み
始めた。
がたがたと馬車の中が揺れる。隣に座るヨザックをちらりと見上げると、ぽすりと頭を
ヨザックの腕に寄りかからせた。
「猊下?眠いんですか?」
「・・・・・・ちょっと」
「眠っててもいいですよ。着いたら中までお運びしますから」
「・・・・・・やだよ。恥ずかしいじゃん」
「あはは、冗談ですよ。着いたら起こしますから、眠っててもいいですよ」
「・・・・・・ううん、いい。でも・・・・・・腕は貸して」
「はいはい」
せっかく二人きりなんだもん。なにに怯えることもなく、一緒にいられるんだもん。
眠ったりしたら勿体無いから。
「・・・・なんか、いい香り」
「あ、気づきました?ちょっと香水つけてみたんですよ」
「・・・・・またグリ江ちゃんになるお仕事でもあった?」
「そういうわけじゃないんですけどね。せっかく猊下とこうして一緒にいられるんだから、
おしゃれした方がいいかなーと思って。俺の一番好きな香りなんですよ、これ。なんか落ち
着きません?」
「・・・・・・うん。ラベンダーの香りに似てるかも」
「らべんだー?猊下の国の花の名前ですか?」
「うん。ラベンダーには心を落ち着かせる効果があるから・・・・・」
「そうなんですか。気に入りました?」
「・・・・うん」
「じゃあ、今度少し分けてあげますよ」
「・・・・・・・ううん、いい。そのかわり、ヨザックはつけて」
「え、どうして?」
「・・・・・・・どうしても」
だって、それがいい香りだって思うのは、落ち着くって思うのは、君がつけているからだと
思うから。
僕がつけたって意味ないじゃん。
首を傾げるヨザックをよそに、僕は静かに笑った。
☆ ★
僕の部屋に着くと、ヨザックが部屋のカーテンを開けてくれる。薄暗い部屋から入る太陽の
光は少し眩しかった。
「猊下。俺、猊下がこっちにいる間の護衛ですから、何かあったらご命令くださいね」
「あ・・・・うん。ってことは君、こっちに残るの?」
「ええ。巫女様やウルリーケ様方には許可を取りましたし。まあ、部屋は用意されないん
ですけどねー」
「じゃあ、どこで寝るの?」
「どこって、猊下の部屋の前ですよ。護衛ですもん」
ちょいちょい、とドアの外を指差す。
部屋の前って・・・・今は冬だから、夜は結構寒いのに。
「別に・・・・僕の部屋、入ってもいいよ?」
僕がそう言うと、ヨザックは目をぱちくりさせた。そして、困ったように頭をかく。
「あのですねぇ・・・猊下」
「なあに?」
「そういうこと・・・・あんまり言わないでくれます?」
「え?」
「一応、我慢してるんですよね。やっぱり男ですし」
「え・・・・・・」
「・・・・・・この際だから、言いますけど」
言葉を切って、僕の腕をぐいと引く。僕の体は簿すっとヨザックの腕の中に納まる。
「よ、よざ・・・?」
「この2年、ずっと我慢してましたけどね。やっぱり男なんですから。好きな人のことを
抱きたいって思うんですよ」
「っ・・・・!」
かあっと顔が熱くなる。何も言えなくなってぎしっと固まっていると、ヨザックがぽんぽん
と僕の頭を叩く。
「心配しなくても何もしませんよ。猊下が許してくれるまで」
「よざ・・・・・」
「確かに貴方が欲しいのは事実なんですけどね。貴方が嫌がることは絶対にしたくないん
ですよ」
「・・・・・・・」
「ちゃんと待ってますから。猊下がいいって言ってくれる日まで。でも、もし言ってくれた
ら、もう止まりませんからね?」
悪戯っぽくウインクをする。
ああ、もう、どうして。
どうしてそんなに優しいんだろう。
こんな僕に、そんなに優しくしないで。
僕は酷い裏切りをしているんだから。
涙が滲みそうになり、僕はヨザックの腰に手を回してぎゅうっと抱きついた。
「げ、猊下?」
「・・・・・・・ありがと。あのね・・・・大好き」
「・・・・・・・はい」
頭をそっと撫でられる。
嬉しい。大好き。ずっと側にいて。
そんなこと思うなんて、許されないと分かってるけど。
僕は君がいなくなることが考えられないんだ。
こんな・・・・こんなに弱い僕なんて、大嫌い。
だけど、どうしようもない想い。
ヨザックが僕の嫌がることをしたくないって想ってるように
僕だってヨザックのそんな顔を見たくない
だから、どうかお願い
誰でもいいから、どうか
僕の中にある弱い僕を、どうか壊して
最低な思いを、消し去って
