- ■ 呪縛 〜想いの狭間〜
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ふと、夜中に目を覚ます。静かな夜は久しぶりだった。
それでも、毎夜起きているくせがついているため、目がさめてしまった。
ごしごしと目を擦りながら体を起こすと、ドアの近くでヨザックが眠っていた。
さすがにベッドの中は、とヨザックは言った。僕のことを思っていっている言葉なんだなっ
て思うと、顔が熱くなる。
だから僕はせめて、部屋の中に入ってと言った。やっぱり冬の廊下は寒いから。
ヨザックはそれなら、と毛布を被ってドアの側で眠りについた。もともとこの眞王病は安全
第一な所だから、刺客なんて物騒なものはやって来ない。
だからヨザックも安心しているのだろうか。ぐっすり眠ってるみたいだ。
僕はそっとヨザックに近づく。子供みたいな寝顔を見てちょっとだけ笑った。そして、ずれ
ている毛布を直して、そっとヨザックの額にキスをした。
「・・・・・・・・ごめんね」
きゅぅ、と目頭が熱くなる。膝を抱えて、涙を流す。ヨザックを起こさないように、必死に
声を押し殺した。
だけど、諜報員の能力を侮っていたみたい。ぽすん、と頭にての感触がして、僕は顔を上げ
た。すると、眠っていたはずのヨザックが心配そうな顔で僕のことを見ていた。
「あ・・・・」
「大丈夫ですか?嫌な夢でも見ました?」
「う・・・・ううんっ、大丈夫・・・・・」
慌てて言い訳しようとしたけれど、ヨザックが僕に手を伸ばしてくる。びくっと震えると、
ヨザックの指がそっと頬をなぞる。
「・・・・・・泣いてたんですか?」
「っ・・・・・」
心配そうに聞く、優しい声。僕は我慢できなくなって、ぼろぼろと涙を流した。
ヨザックは何も言わず、静かに僕を抱きしめた。僕は、ヨザックの腕の中で声を押し殺して
泣いた。
「ひっ・・・・ふぇ・・・・・」
「・・・・猊下・・・・・」
「ごめっ・・・・」
「・・・・いいですよ。いっぱい泣いてください」
ヨザックの声は優しすぎて。僕は涙を止めることは出来なかった。
今までの悲しみとか、悔しさとか、辛さとか。たくさんのものがあふれ出してきて止まら
なかった。
「猊下っ・・・・」
「ふっ・・・っく・・・・」
「どうしちゃったんですか・・・・・・猊下・・・・・・」
「っ・・・・よざぁ・・・・・」
「・・・・・猊下っ・・・・」
抱きしめる力が強くなる。
でも、ちっとも痛くなんかない。
もっと、もっと強く抱きしめて。
壊れても、いいから。
「ふぅっ、ん・・・・・ふぁ・・・・・」
ヨザックの唇がゆっくりと重なる。大きな毛布の上に横たわらせられて、何度も何度も口付
けられる。
こんなに気持ちのいいキスを、他に知らない。
きっとこれから先も、ヨザックだけしか僕に与えてくれない。
「・・・・猊下。すいません、俺・・・・・」
「よざっ・・・・」
「っ・・・・止まんない、です・・・・・」
「あっ、あん・・・・・・・」
ぴちゃりと耳を舐められる。耳の中まで舌を入れられて、びくりと体が跳ねる。
嫌悪感なんか全然ない。すごく気持ちよくて、僕はヨザックの服を握り締める。
好き・・・・・好き。もっと触れて欲しい。
ヨザックのキスを受けながら、ぼくはうっとりとその愛撫に身を任せようと力を抜いた。
だけど
そんな夢みたいなこと、続かない
それが僕に与えられた罰
ヨザックの手がゆっくりと服にかかると、僕はハッと我に帰った。
だって、この服の下には
昨日、あいつが残した痕が星の数のように残ってる。
だめ
だめ
ダ メ
「・・・・やっ・・・・やだっ!!」
僕は思い切りヨザックを突き飛ばした。ヨザックは、突き飛ばされて呆然と僕を見ている。
僕ははあはあと息を乱すと、ぞくりと震えが走った。
罪の烙印が残ってるこの肌を
ヨザックに見られたくない
見られたら、絶対に嫌われてしまう
嫌 わ れ た く な い
僕がぼろぼろと涙を流すと、ヨザックは軽くため息をついて、毛布を持って立ち上がった。
「ヨ・・・・ザ?」
「・・・・言ったはずです。俺は、貴方の嫌がることは絶対に出来ないと」
ヨザックは僕を毛布でくるんで、ひょいと横に抱えあげる。そしてそのままベッドまで
運び、そっと僕の前髪を撫でた。
「・・・・・そんな顔をしてる猊下を、抱けるわけないですよ」
すごく、辛そうな顔だった。
こんな顔をさせてるのは僕なんだ。
僕が、嫌がってるって想ったから。
違う、違うの。そうじゃない。
ヨザックが嫌な訳がない。
そうじゃないの。
だけど、言葉にすることは出来なかった。
「俺、やっぱり廊下で寝ますね。あ、大丈夫ですから。俺、冬の季節の野宿とかしょっちゅ
うでしたし。ちょっとやそっとじゃ風邪引きませんよ」
にこ、と笑って、ヨザックは立ち上がって僕に背を向ける。
何か言わなきゃ。
何か・・・・何か。
僕はのどの奥で詰まっている言葉を、必死になって押し出した。
「っ・・・・ヨザック!」
僕が叫ぶと、ヨザックはゆっくりと振り向いた。
その顔を見ると、また涙が溢れてきて。
毛布を握り締めて、顔を覆った。
「ごめんっ・・・・ごめんね・・・・・・」
「・・・・・・・猊下」
「ごめんねっ・・・・・」
「・・・・・なに謝ってんですか。俺、怒ってないですよ。いいから、ホラ。ちゃんと眠って
ください」
ヨザックの笑う声が聞こえる。
僕を安心させようと、わざと無理して優しい声を出して。
ごめんね・・・・ごめんね。
僕には今、それしか思い浮かばない。
僕は顔をあげてヨザックを見る。ヨザックは苦笑すると、ひらひらと小さく手を振って部屋
を出た。
「っ・・・・最低だ・・・・・」
一体僕は、どれだけ彼を傷つけるんだろう。
どれだけ彼の笑顔を曇らせるようなことをしてしまうんだろう。
神様。悪いのは、僕なんです。罪を犯したのは僕だけなんです。
だから、ヨザックがいっぱい笑ってくれる方法を、どうか、教えてください。
