• ■ 呪縛 〜嵐の前の〜 ■




    一睡も出来なかった。
    猊下の姿、一つ一つが頭に思い浮かんで。アソコで止めるなんて、よく出来たなと自分で
    も感心する。
    貫徹の頭では満足に何かを考えることが出来なくて、俺はぶるぶると頭を横に振った。
    とりあえず、猊下の前では普通にしなきゃな。昨日のあの様子じゃ、きっと気にしてる。








    ・・・・・・・本当に、何があったんだろう。
    猊下と出逢ってから随分たつけど、あんな猊下は初めて見た。
    何があったのか聞きたい。心配でたまらない。
    だけど、猊下は聞かれることをきっと望んでないから。俺は聞くことが出来ない。
    猊下が嫌がることだけは、本当にしたくない。泣き顔だって見たくない。
    そのためには、何を我慢しても、自分がどれだけ苦しんでもいいって、思うから。







    「・・・・げーいか。起きましたー・・・?」
    ちょっと控えめにノックをしてみる。すると中からどうぞ、と言うか細い声が聞こえた。
    俺はそっとドアを開けて、中を覗いてみた。










    どきりとした。夜着のままで、起きたばかりの猊下の目はとろんとしていて、すごく可愛
    くて仕方がなかったから。
    ドキドキと襲ってくるその衝動を抑えながら、俺は部屋に入った。
    「え、えっと・・・・・今日はどうされます?眞王陛下とお話になりますか?」
    「・・・・・うん。そうしようかな」
    「そうですか。じゃあ、巫女様たちに伝えてきますね」
    俺は精一杯の笑顔を保って、くるっと背を向けた。









    「・・・・ヨザック」
    小さく俺を呼ぶ声が聞こえた。俺はぴたりと足を止める。振り返ると、猊下がなにやら
    言いにくそうに俯き加減だったから、俺は頬をかいた。
    「あの・・・・猊下。昨夜のことなら気になさらなくていいですからね。俺、も・・・・気にして
    ないですし」
    「・・・・・ほんとに?」
    「はい、ホントですよ」
    「・・・・でも」
    「はい?」
    「・・・・・クマ、出来てるから」
    げっ・・・!ここに来る前、ちょっと化粧でもして繰ればよかった。ちらりと猊下を見てみる
    と、猊下は申し訳なさそうにしゅんとしている。
    ああ、畜生。この人にこんな顔をさせたくなくて、俺はいろんなこと我慢してるっての
    に。なんでこうなってしまうんだよ。










    「・・・・・猊下」
    俺が声をかけると、猊下はおずおずと顔を上げる。俺は猊下のそばにそっと寄って、静か
    に額にキスをした。
    「まあ・・・・確かに、一睡も出来ませんでしたがね。それは男としての自然現象と申します
    か・・・・・とにかく、猊下は気にしなくていいんですよ」
    「・・・・・だって」
    「はい?」
    「僕は・・・・君をいっぱい、傷つけてる・・・・・から・・・・・」
    「・・・・・猊下」
    そんなこと・・・・・思ってたのか。
    違うのに。そんなこと、全然ないのに。
    俺は気がついたら、猊下を強く抱きしめていた。









    「ヨ・・・・ザ・・・・」
    「俺、猊下に傷つけられてるなんて思ったことありませんよ。貴方と一緒にいるだけで、
    俺は嬉しいから」
    「・・・・・・」
    「だから、そんな顔しないでください。貴方に辛そうな顔をされるのが、一番辛い」
    「よざっ・・・・」
    ぎゅう、と猊下に抱き疲れる。背中に回った腕は、俺よりもひとまわり以上細い。
    だけど、必死になって手を伸ばし、抱きついてくる猊下を見ていると、愛しい気持ちが
    こみ上げて着て。俺も強く猊下を抱きしめた。










    「ごめんね、ごめん・・・・・・」
    「・・・猊下」
    「・・・・・ごめんなさい・・・・・」
    消えそうな声で、猊下は何度も言う。
    一体、貴方から溢れてくるその不安はなんなのか。
    どうして辛そうな顔が消えないのか。
    その理由は分からなかったけれど、俺は今、目の前にある愛しい人を離すことは出来な
    かった。









    ☆ ★



    眞王との逢瀬は午後に回して、午前中は執務作業をすることにした。
    こんな風にのんびりできるのは久しぶりだ。
    だけど、安心できるんだって分かっていても、どこかで不安が襲ってくる。僕はペンを
    机に転がすと、ぽす、と頬を机に押し付けた。






    朝のヨザックの様子を思い出す。机の上に転がっているペンを指で弄る。
    傷ついてないって言ってた。辛そうな顔をされるのが辛いって言ってた。
    僕、そんなことを言われる資格なんか・・・・・ないのに。
    「よざ・・・・・」
    小さく呟くと、こんこんとドアがノックされた。




    「あ・・・・どーぞ」
    僕が返事をすると、かちゃりとドアが開く。ひょこりと顔を見せたのは、巫女様だった。
    「猊下。お客様がいらっしゃってますよ」
    「お客?誰?」
    「血盟城からです。グレタ姫と・・・・・・」
    「・・・・・・・え?」









    通すな、と言いたかった。だけど、ここで変に断れば、疑われてしまうかもしれない。
    僕は仕方なく、了解した。









    「げーいかっ」
    グレタが僕に抱きついてくる。僕は、そんな可愛いグレタを抱きしめた。
    ホントに、グレタだけだったら最高のお客様なのに。
    「やあ、こんにちは」
    「・・・・・こんにちは。サラレギー陛下」
    思いっきり刺々しく言ってやったのに、全く堪えた様子はない。つくづく、図太い男なん
    だから。
    「突然来ちゃってごめんなさい。お仕事中だった?」
    「大丈夫。そんなに残ってないし」
    「すごーいっ、猊下。ユーリはね、今日もおわらな〜いって叫んでるの」
    「うーん、渋谷は要領が悪いと言うか・・・・・」
    僕が苦笑すると、後ろにいたヨザックも笑って、グレタの視線にあわせてしゃがみこんだ。
    「さて、じゃあどうします?猊下、グレタ嬢ちゃんと遊びます?」
    「・・・んー・・・・そうだな・・・・・」
    僕がちょっと考え込んで視線を上げると、その時サラレギーと目が合った。









    どくん、と胸が大きく鳴り、体が思わず跳ねる。
    彼の目は、他を選ぶことは許さない。そういう目で。僕が何をしなければいけないのか、
    そんなことは手に取るようにわかった。
    嫌だ、こんな所で。しかもグレタやヨザックもいる。どうすればいいって言うの。
    僕は目をそらせたが、その視線からは逃げられない。ぎゅっと唇を噛み締めると、グレタ
    の頭にぽん、と手を置いた。









    「・・・・・悪いんだけどさ・・・・ヨザック、しばらくグレタと遊んであげてくれないかな」
    「え?」
    「実は・・・・まだ書類がたくさん残ってるのを思い出してね。当分終わりそうにないんだ」
    「あ・・・そうですか。じゃあ、仕方ないですねぇ・・・・・俺がお相手でもいいかい?嬢ちゃん」
    「うん!グレタ、ヨザックと遊ぶのだーいすきだもん」
    「そりゃ良かった。あ、陛下はどうされます?」
    「僕は遠慮しておくよ。動き回るのは得意な方じゃないし。それに、ここにはなんだか
    興味深そうな本がいっぱいあるからね。ちょっと読んでみたいんだ」
    「・・・・・ってことで、よろしいでしょーか?猊下」
    「・・・・・・・うん」
    「俺としては、護衛がお側を離れるのはどうかと思うんですけどねぇ・・・・・」
    「・・・・大丈夫だよ。ここは眞王廟だもん。そう危険な目にはあわないよ」
    「まあ、猊下がそう仰るんなら・・・・・じゃあ、行きましょうか、嬢ちゃん」
    「うん。猊下、お仕事頑張ってね」
    「・・・・ありがと、グレタ」
    僕は笑って、グレタの頭を撫でる。そして二人を見送ってドアをゆっくりと閉めると、
    後ろから突然抱きしめられ、服越しに下を触られた。










    「ひゃっ・・・・!」
    「・・・・・・よく出来ました」









    ☆ ★



    「ねえ、ヨザック。どこ行くの?」
    「あ〜・・・・どうしましょうかねぇ。よく考えたら、ここにはグレタ嬢ちゃんの好きそうな
    ものって、ないような気がします」
    「そうなの?」
    「はい。猊下のお好みのものばかりです。歴史書なんて、興味あります?」
    「・・・・・・あんまりないかも」
    グレタ嬢ちゃんはちょっとつまらなさそうに呟く。
    そりゃそうだよなぁ。猊下の読む本は俺でさえ瞼が重くなっちまうし。
    「じゃあ、外にでも行きます?街で買い物とか・・・・」
    「いいの?行く行く!」
    わーいっとグレタ嬢ちゃんははしゃぐ。やっぱり子供にはこっちの方が合うよな。
    「あ、でも猊下に一応許可はもらった方がいいな。俺、ちょっと許可もらってきますか
    ら、あそこの庭のベンチで待っててください」
    「うん、分かった!・・・あ、でも猊下、今お仕事中でしょ?」
    「あ〜・・・・まあ、許可もらうくらいなら構わないでしょ。ちょっくら行って来ますね。
    あそこに座っててくださいね。動いちゃいけませんよ?」
    「はーいっ」
    俺は嬢ちゃんにちゃんと念押しして、走って猊下の部屋へと向かった。
    さっさと行って戻らないと、嬢ちゃんが退屈するしな。






    さてと。じゃあ猊下に許可をもらいに行きますか。








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