- ■ 呪縛 〜神様〜
■
ダンッ・・・・!!
廊下を走って、走って。
俺は、壁に拳を叩きつけた。
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいか分からなくて。
自分の気持ちを猊下にぶつけた。
猊下が何を思っているのかが分からない。
どうしてあんなことをしていたのか分からない。
だけど、俺の言った言葉に傷ついていたのは分かった。
あれもあの人の演技なのだろうか。
「もう、わかんねえよっ・・・!!」
床に膝をつく。
信じられなくて、許せなくて、腹が立って
いろんな想いが交差するけれど
でも、どうしても
俺は
貴方が
『おい』
「っ!?」
頭の中に声が響いた。
誰の声かと辺りを見渡すが、誰もいない。
「今のは・・・・・」
『俺の声が聞こえるか』
「っ・・・誰だ!?」
思わず声を上げる。だけど、気配も何も感じない。
『聞こえるのなら、早く行け』
『大賢者が、危ない』
声の主が誰なのか分からなかった。
だけど、まるでそれは天からの声のようで
俺は何かを考える前に、猊下の部屋へと向かった。
「猊下っ!!」
バン!と猊下のドアを開ける。
そこに広がるのは、真っ赤な世界。
ゆっくりと近づくと、赤で濡れた床が、靴につく。
ふらふらとさらに近づくと、水音が響く。
猊下の側で、しゃがみこんで。
細い体を抱き上げる。
「猊下!!」
俺の手が、体が、赤で染まる。
嘘だ、嘘だ。こんなの嘘だ。
俺は短剣が突き刺さる猊下の体を腕の中に収めて、ただひたすら、猊下の名前を呼んだ。
☆ ★
「しっかりしてください、猊下!!」
俺の声で、巫女様たちも集まってきていた。
俺は猊下の体を毛布でくるみ、馬にひらりと飛び乗る。
「まだ、生きてる・・・・・絶対に死なせはしない」
猊下の体を抱き絞め、俺は手綱を握り締めた。そして全速力で馬を走らせ、血盟城へと
向かった。
「開門!!」
血盟城前まで来ると、俺は門番に向かってそう言い放った。
「な、何事だ!突然やってきて・・・・・」
「うるさい、開門だ!至急ギーゼラ医師と会わせろ!!」
「お、お前はヨザックじゃないか!一体どうし・・・・・」
「いいから早くしろ!!猊下の命がかかってんだ!!」
馬から飛び降りて、俺は門番に掴みかかる。そいつらは、俺の腕の中にいる猊下を見て、
大急ぎで門を開けた。
「ヨザック!!」
騒ぎで坊ちゃんも起きてきて、俺たちの所に駆け寄る。
「村田、一体どうしたんだよ!!一体何があったんだ!!」
「陛下、落ち着いてください。事情を聞きたいのは山々ですが、今は猊下の御身の方が
大切です」
「あっ・・・・そ、そうだよな。じゃあ、急いで部屋を準備して!!ギーゼラたち医師も呼ん
で!大至急だ!!」
「はっ!!」
坊ちゃんがてきぱきと指示をしてくれて、兵士たちもそれに従って動く。
その時俺は、腕の中にいる猊下の変化に気がついた。
顔色は真っ青になっていて、呼吸も浅い。
ぞくりと、寒気がした。
「ヨザック!こっちの部屋に村田運んで!!」
「あ・・・は、はい!」
猊下を部屋へ運ぶと、ギーゼラ医師たちがバタバタと慌ただしく部屋に入っていった。
ドアがバタンと閉まり、俺はへなへなとしゃがみこむ。
「ヨザック、大丈夫か?」
「・・・・・・すいません」
「・・・・・なあ、ほんとに何があったんだよ。村田、どうしてあんな・・・・・」
「・・・・・すみません。それは聞かないでください」
「ヨザック・・・・・」
「今は・・・・・俺はっ・・・・・」
がくがくと手が震えてくるのが分かる。こんなに怖いと思ったのは産まれて初めてだ。
自分の命がどんなに危険に晒されようと、怖いと思ったことなどなかったのに。
今は、こんなに怖くて震えが止まらない。
「・・・・・分かった。今は何も聞かない。今は・・・・村田の命の方が大事だ」
坊ちゃんは廊下に座り込む。そして祈るように手を絡めて、目を閉じた。
お願いだ。俺の持っているもの、全て渡すから
猊下だけは連れて行かないでくれ
あの人がいなくなってしまったら
俺は生きる意味を失う
それから、何時間たったのか分からなかった。しんと静まり返る中、ドアの開くがちゃり
という音が聞こえ、全員が顔を上げた。
「ギーゼラ!村田は?村田の怪我はどうなの?」
坊ちゃんが切羽詰った様子で聞く。すると、ギーゼラ医師は言いにくそうな顔で目を
細め、俯いた。
「・・・・力は全てつくしました。これから、癒しの力を猊下に送っていきます。ですが、
短剣がかなり心臓近くで刺さっていまして・・・・・傷も深く、完全にふさぎきることは出来ま
せんでした。猊下が助かるかどうかは・・・・もはや、猊下の体力次第ということになりま
す。ですから、助かるかどうかの見込みは・・・・・」
「そんな・・・・・」
絶望の、言葉。
猊下を失う。俺の頭の中に何度もそれが繰り返された。
あの笑顔も、声も、感触も
全てなくなってしまう
もう、天に任せるしかないのだろうか
「・・・・天・・・・?」
そういえば
あの時聞こえた、あの声は
「まさか・・・・」
「ヨザック?」
坊ちゃんが首を傾げてくる。だけど俺はそれを気にする余裕はなく、ばっと立ち上がった。
「ヨザック!?」
「すいません、出かけてきます!猊下をお願いします!!」
「なっ・・・・こんな時に一体どこに・・・!」
「こんなときだから行くんです!!もしかしたら・・・・・猊下を助けることができるかも
しれない・・・・」
「え!?それって一体どういう・・・・」
「すみません、すぐに戻ります!!」
「お、おい、ヨザック!!」
ほんの微かな奇跡だけど
それでも可能性が、あるのなら
猊下が死んでしまうなんて、絶対に嫌だ
確かに、猊下のことを許せないと思った
腹が立って仕方なかった
信じられなくて、許せなくて、腹が立って
いろんな想いが交差するけれど
でも、どうしても
俺は
貴方が
貴方のことが、好きなんです
