- ■ 呪縛 〜願い〜
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俺は眞王廟に大急ぎで戻った。巫女様たちが驚いて俺の周りに集まってくる。
「お願いします。急いでウルリーケ様に会わせてください」
「ウルリーケ様に?どうして・・・」
「事情を説明している時間はないんです。お願いします!」
俺は頭を下げる。そんな俺を見て、巫女様は少し黙り込んだが、分かりましたと呟いて、
走っていった。
眞王陛下の魂が眠る場所。そこで俺はウルリーケ様と会うことが出来た。
俺は肩膝をつき、頭を下げる。
「ヨザック、どうしました。猊下の御身に何かあったのですか?」
「・・・・・猊下は、まだ助かるかどうか分かりません。ギーゼラ医師も、回復が難しいと言わ
れていました」
「・・・・・・・そうですか」
「ですが、猊下を死なせるわけにはいかないんです!お願いします、力を貸してください」
「・・・・・・私に、どうしろと言うのです?何が出来ると言うのですか」
私は何も出来ません、とウルリーケ様は顔を背けた。俺はぎゅっと拳を握り、頭を上げた。
「眞王陛下と、会話をすることは出来ないでしょうか?」
「・・・・え?」
「実は、猊下を見つける少し前、俺はどこからか声を聞きました。頭の中に響くよう
な・・・・男の声でした。大賢者が危ない、とお知らせしてくださいました」
あの時は分からなかった。
だけど、あれはもしかしたら
「あれは・・・・眞王陛下の御声ではなかったのかと、俺は思います」
「そんな・・・・まさか。眞王陛下の声は私と猊下にしか聞こえないはず・・・・・」
「分かっております。俺なんかに眞王陛下の声が聞こえるなんて、恐れ多いことです。
しかし、他に思いつかないのです。もしかしたら、眞王陛下なら・・・・・猊下を助けてくれる
のではないかと思いました。だから、眞王陛下と話がしたいのです。お願いします!」
これは、可能性の低いこと。
さっきは声が聞こえたけれど、再び聞こえるかなんて分からない。
だけど、それでも。
可能性があるのなら、今はそれに縋る以外に、道はないんだ。
「・・・・・分かりました。ヨザック、こちらに来なさい」
ウルリーケ様に言われて、俺は玉座へと近づく。俺のような兵士が、このような所に立つ
なんて、本来なら有り得ないことだ。
だけど、今回だけ。今回だけは。
お願いします、眞王陛下。力を貸してください。
俺はゆっくりと、目を閉じた。
『お前か』
声が聞こえて俺は顔を上げた。すると、急に周りの光景が消え、代わりに黒の世界が広がる。
「ここ、は・・・・!?」
『精神の世界の中だ。しかし、ここに来るのは大賢者の他にお前が初めてだがな』
声がして振り返ると、そこにはプー閣下にそっくりなお方がいた。
眞王陛下だ。あの肖像画に描かれていた人物だ、間違いない。
「眞王・・・・陛下・・・・・」
『お前のような奴は初めてだな。今まで大賢者にも何人かの恋人がいたが、ここまで押し
かけてくるようなバカは初めてだ』
「・・・・・申し訳ありません。ですが、貴方におすがりする他に思いつかなくて・・・・」
『まあいい。度胸のある奴は嫌いじゃない』
「・・・早速ですが、本題に入らせていただきます。お願いします。どうか猊下を助けてください」
『直球だな』
「今は、回りくどい言い方をしている暇はないんです」
『ああ、そうだな。あいつの命も、残りわずかだ』
「っ・・・どうにかならないんですか!?」
嫌だ、嫌だ
猊下がいなくなるなんて
あの笑顔も、声も、あの方の周りの空気も
俺の前から消えるなんて
『・・・・・ヨザック、といったか』
「あ・・・・は、はい」
『何故焦る?忘れたか?大賢者は終わりのない魂を持っている。たとえ今の生を終えたと
しても、すぐにまた転生する。その時、お前との記憶だって持っている。お前をまた好き
になるかもしれない。それなのに、どうしてそんなに焦っているんだ?』
「・・・・・・・・」
確かにそうだ。転生すれば、また猊下はこの世に生まれてくる
4千年続く記憶も、俺との記憶も全て持って
だけど
だけど
「それは、猊下ではありませんから」
『・・・・・・』
『確かに、記憶を持っているかもしれない。俺のことを、好きになってくれるかもしれな
い。でも、その人は猊下じゃないんです。別の人です。俺が知ってる猊下じゃない」
「魂は同じでも、俺にとっての猊下は、今の村田健である猊下しかいません。俺にとっ
て、たった一人の大事な人なんです」
何を犠牲にしても
何を失っても
守りたい
大切な存在
愛しい存在
『・・・・・・・・同じ、だな』
「え?」
『いや、何でもない』
眞王陛下はなにやら意味深に笑う。そして、ふわりと光の玉を掌の上に浮かび上がらせた。
『これが何か分かるか?』
「・・・・いえ」
『これは大賢者の魂だ。もう、俺の所に来ている。おそらく、肉体は今、仮死状態といっ
たところだろう』
「そんな・・・!」
ダメだ
いなくならないでください
貴方に話したいことが、まだたくさんたくさんあるんです
『お前は言ったな、ヨザック。何を差し出してもいいと』
「・・・・はい。俺の持っているものならば、全て」
『そうか・・・・・いいだろう。大賢者を助けてやる』
「本当ですか!?」
『ああ。だが、勿論お前にはきちんと代価は支払ってもらう』
「・・・一体、何を・・・・・」
『・・・・・・・・それはな・・・・・・・・』
☆ ★
「・・・・・ん・・・・・」
「村田!気がついたんだな!俺が分かる!?」
「・・・・・し・・・・ぶや・・・・?」
「村田・・・・!よかった・・・・ホントによかった・・・・・!」
渋谷がぼろぼろと涙を流す。周りを見てみると、みんな安心したような顔を見せている。
あれ・・・・・何があったんだっけ。よく、思い出せない・・・・・
「さあ、皆様方。猊下の意識が戻ったのを確認したら出て行くという約束でしょう。まだ
絶対の安静が必要なのですからね」
「あ・・・・う、うん、そうだよな」
絶対の安静・・・?あれ・・・・そういえば、なんか体が重い。上手く動かないや。
ホントに、何があったんだっけ・・・・。
「あ・・・・ちょっと待って、ギーゼラ!」
「はい?」
「あのさ・・・・ヨザックだけは残ってもらってもいいだろ?やっぱり、その・・・・・」
「・・・そうですね。その方がいいでしょう」
・・・・・ヨザック・・・・?
「じゃあヨザック!しばらく村田のこと頼むな」
「はい。お任せください、陛下」
「何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
「そうさせていただきますよ」
バタバタと人がたくさん出て行く。しんとなった部屋に残されたのは、僕とヨザックだけ。
「・・・・ヨザック?」
「・・・・そうですよ。俺が分かりますか?猊下」
「・・・・・・・」
分かる、分かるけど。
この状況は一体なに?
確か・・・・・眞王廟にいて。眠ってたら・・・・・そしたら・・・・・
「・・・・っ!!」
「げ、猊下!ダメですよ、まだ起き上がっちゃ」
急にガバッと起き上がると、お腹の辺りが酷く痛んだ。
でも、そのおかげで思い出してきた。いろんなこと・・・・・
そうだ。眞王廟で眠っていたらヨザックが来て・・・・・そして・・・・・
体が震える。止まらない。
だって、だって
「いやっ・・・・・・」
「・・・・・猊下?」
ヨザックが僕に手を伸ばしてくる。だけど僕は、それをばっと振りほどいた。
「触っちゃダメッ!!」
「・・・・・猊下・・・・・」
「触っちゃ・・・・ダメッ・・・・僕、汚れてるから・・・・・」
涙があふれ出る。止まらない。
そうだ。ヨザックはもう、全てを知っているんだ。
僕の汚いもの、全て。
もう、ヨザックに触れてもらう資格なんてない。
「・・・・・なに、言ってるんですか」
「え・・・・・」
ヨザックが小さく呟いた。今、なんて言った?
そして、気づいた時には体に腕を回されて、きつく抱きしめられた。
「よざっ・・・・く?」
「何言ってるんですか。貴方は汚れてなんかない。こんなに綺麗じゃないですか」
「っ・・・・!違う、僕は・・・・・」
「違わない。貴方は綺麗だ。すごく綺麗です」
「っ・・・・・・よざ・・・・・」
どうしよう、涙が止まらない。
好き、好き・・・・・大好き。
信じられないくらい、君が好き。
君が愛しくてたまらない。
「・・・・猊下、泣かないで」
「ふっ・・・・・」
ヨザックの指が、僕の涙を掬い取る。だけど、涙は止まらない。
「泣かないで・・・・貴方に泣かれたら、どうしていいか分からなくなる」
「よ・・・・ざっ・・・・・」
「俺は、どうすればいいですか?どうすれば、貴方の涙は止まりますか?」
どうすれば、なんて
そんなの
「ここに、いてっ・・・・・」
「・・・・猊下・・・・・」
また静かに抱きしめられた。ヨザックのあったかい腕がすごく心地よくて。
僕は静かに目を閉じた。
