- 呪縛15〜現実の扉〜
「・・・・・そういうことだったんですか」
ヨザックの腕に頭を乗せて、僕は彼に擦り寄った。ぎゅうっとヨザックの服を握り締める
と、ヨザックが優しく頭を撫でてくれた。
「ごめんっ・・・・ごめんなさい・・・・・」
「・・・・・猊下・・・・・」
「ごめんなさい・・・・・・」
何度謝っても足りないけれど、今の僕にはそれしか言えない。すると、ヨザックが僕の
顎をくいっとあげた。そしてぺろりと僕の涙を舐める。
「はい」
「・・・・え?」
「はい、わかってますよ」
「・・・・ヨザック・・・・?」
「ごめんなさいって、ちゃんと言ってくれたから。もういいんです」
「よざ・・・・・」
「・・・・俺の方こそ、ごめんなさい」
「え・・・・」
「貴方を、守ることが出来なかった」
ぼふ、とヨザックに抱きしめられる。
その暖かさに、優しさに。
ますます涙が溢れる。
ああ、ダメだなぁ。近頃涙腺がホントに弱くなってきてる。
「ヨザックの、せいじゃない・・・・・」
「でもごめんなさい。貴方を守るのは、いつだって俺でありたいのに」
「・・・・ばか」
ヨザックを軽く小突く。すると、くすくすと嬉しそうに笑う。
その笑顔を見てると、僕も嬉しくなって。
僕達は、一緒に笑った。
「さて、と。そろそろ眠らないといけませんね、猊下」
「・・・・・眠くない」
「ダメですって。猊下、怪我人なんですから。ホラ、俺ここにいますから。ね?」
毛布をそっと僕にかけてくれて、額を撫でた。子ども扱いしてるみたいでなんか気に食わ
ないけど・・・・まあ、この手は気持ちがいいからよしとする。
「あ、そうだ。さっき薬を預かったんだった。ホラ、猊下。これ」
「・・・・・・それ、苦い?」
「まあ、薬ですからねぇ」
「・・・・苦いの、ヤダ」
「子供みたいなこと言わないでくださいよぉ」
やれやれと言う顔で笑う。でも、嫌なものは嫌なんだもん。
「・・・・じゃ、俺が飲ませて差し上げますよ」
「え・・・・んっ」
ヨザックがゆっくりと僕に口付ける。深い口付けに、なんだか頭がくらくらしてくるけ
ど、口の中に広がった苦味に、顔を思わず歪める。
「・・・・にがぁい」
「え〜、甘くなかったですか?」
「・・・・苦いよ」
「いえ、薬じゃなくて俺がvv」
「・・・・・ばぁか」
ばさ、と毛布を頭までかぶる。
「あら、猊下ったら冷たいっ」
・・・・あ、久しぶりのグリ江ちゃんモードだ。でも、なんかこういうの・・・・・嬉しい。
「・・・・・・なんか、眠い」
「あ、そういえばこの薬、睡眠効果もあるんでした。でも、今の猊下にはちょうどいいですね」
「んむー・・・・・」
「何度も言いますが、猊下は怪我人なんです。ゆっくり休んでください」
「・・・・・・ん」
「・・・・・・あの時、俺本当に驚いたんです。心臓が止まるかと思ったんです」
「・・・・・・・」
「もう二度と、あんな真似はしないでください。絶対に、しないでください」
「・・・・・・ごめんね」
「・・・・・はい」
僕はヨザックの袖をきゅっと掴む。それに気づいたヨザックはにっこりと微笑んでくれた。
「分かってますよ。ここにいますから」
「・・・・・僕なんにも言ってないもん」
「あれ〜?じゃあ、いなくてもいいんですか?」
「・・・・・・・それはやだ」
「や〜ん、猊下ったら可愛いっvv」
「う、うるさいっ・・・・あ、いたっ」
「!大丈夫ですか?」
「・・・・へ―き。ちょっと引きつっただけ」
「・・・・・すいません、調子に乗りました」
「だから平気だってば。・・・・ホラ、眠いんだからさ」
僕が手を伸ばすと、ヨザックは一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑って僕の手を握って
くれた。
その手があったかくて、気持ちよくて、僕はゆっくりと目を閉じた。
☆ ★
すーすーと猊下の寝息が聞こえてくる。おぉ、さすが薬の力。早いもんだ。
・・・・それに、色々あったしな。疲れてて当然だ。
俺は一つ息を吐く。
その時、廊下の気配に気づいた。顔を向けると、狙ったかのようにドアがゆっくりと
開く。俺は剣に手をかけたが、入ってきた相手はわかっていた。
「・・・・・やあ。こんばんは」
「・・・・・こんな夜にどうも。サラレギー陛下」
パタン、とドアが閉まる。ゆっくりとサラレギー陛下が近づいてくると、俺はかちゃりと
剣を握り締める。
「・・・・僕に剣を向ける?小シマロンの陛下でもある、この僕に」
「・・・・・不敬なことくらい、承知しておりますよ。でも、俺はこの眞魔国の兵なんでね。
特に、猊下に何かをしようとする者がいるのなら、たとえ他国の陛下であろうと、俺は
斬ることを躊躇いませんよ」
「おやおや。国に忠実な兵だこと。それとも、大賢者に忠実、なのかな?」
「どちらでも」
「・・・やれやれ。まあ、僕を斬ったら国に忠実、とはいえないだろうね。戦争を起こす引き
金になるだけだろうし」
「・・・・・・それでも、俺は猊下を守る。もう二度と、あんたに猊下は触れさせない」
「・・・・・・・・・」
サラレギー陛下は一つ息を吐く。そして一つ足を向けて近づいたので、俺は剣を抜いた。
しかし、突然後ろからくいと腕を引かれる。
「・・・・・猊下」
「・・・・斬っちゃ、ダメだよ」
いつの間に起きたのか、猊下が俺の袖を握って、その真っ黒な瞳で俺を見つめていた。
少し辛そうにしながら、猊下は起き上がろうとする。その危なっかしい様子に、俺は思わ
ず手を伸ばして猊下の体を支える。
「斬っちゃ・・・・・ダメ」
「猊下・・・・・」
「僕は壊したくないんだ。渋谷が作った、折角の平和な世界を」
ぎゅっと俺の腕を握ってくる。
分かってます。でも・・・・・俺はやっぱり手に震えが来るんです。
本当は、目の前にいる相手を殺したくて仕方がない衝動に駆られるんです。
すると、猊下が俺の眉間にちょん、と指を置いた。
「眉間に皺」
「・・・・あ」
クス、と苦笑する猊下を見て、少し我に帰る。
「・・・・・すいません」
「ううん、ありがとう。でも・・・・・大丈夫。これは僕の問題だから」
猊下はそう言うと、サラレギー陛下に顔を向けた。
「サラ」
「・・・・・・」
「・・・・・僕はもう、君の人形にはならないよ。これから先、ずっと」
「それは、平和を手放すってこと?」
「違う。分かったからだ」
「分かった?」
「そうだよ。僕が、一人じゃないって・・・・・分かったから」
「・・・・・・・・」
「ヨザックが、教えてくれたんだ」
「・・・・・・・猊下・・・・・」
俺はぎゅっと猊下の手を握り締める。猊下はそれに気づくと、俺の方を向いてにこ、と
笑ってくれた。
「・・・・・ホントに、いいの?」
「え?」
「君の恋人が、いつでも君の側にいるとは限らないのに?」
ぴく、と腕が震えた。
まるで、全てを知っているというようなサラレギー陛下の顔を見て
「ねえ、お庭番君?」
俺は言葉が出なかった。
