呪縛16 〜太陽が消える〜
『君の恋人が、いつでも君の側にいるとは限らないのに?』
「・・・・・え?」
サラレギーの言ってる意味が分からなくて、僕は目を見開いた。
側にいるとは限らない?何で?
僕はヨザックを見上げる。ヨザックは何も言わず、ただじっとサラレギーを見ていた。
すると、サラレギーがクスクスと笑う。
「君は知らないかもしれないけどね。君、ずっと危篤状態だったんだよ。城の医師ももう
ダメだと思ったほどだ。でも、彼が出て行って少ししたら、きゅうに君、回復し始めたん
だ。あれには医師達も驚いてたよ」
「え・・・・・それって・・・・・」
「君、何かしただろう?お庭番君」
「・・・・・・・・」
「そうだな、例えば・・・・・」
うーん、と考えるように宙を見る。そしてふっと笑って、僕たちにそのぞくりとする視線
を向けた。
「この国の最高陛下・・・・眞王陛下に、お願いした・・・・とか?」
頭が、真っ白になった。
眞王?眞王に・・・・僕のことを?それって、つまり・・・・・
僕はもう一度ヨザックを見上げる。何も言わないヨザックを見て、ぞくりと鳥肌が立った。
「・・・・・・・そうなの?」
「・・・・・・猊下・・・・・・」
「ねえ、そうなの!?眞王に頼んだの!?そうなの!?」
「落ち着いてください、猊下。傷に障ります」
「落ち着いてなんかいられないよ!!ねえ、ちゃんと答えてよ!!僕の命を救うために、
眞王と何か話したの!?」
ぐいぐいとヨザックの腕を引っ張る。すると、ヨザックは落ち着いてというように、僕の
手を握った。
「そうですよ」
「・・・・・ヨザ・・・・・?」
「貴方を助けてもらいたくて、眞王陛下にお願いしました。そして、取引をしました」
「取り・・・・引き?」
「そうです。正当な、取引を」
「正当って・・・・・まさか、自分の命と引き換えに、僕のこと助けたの!?もしそうなら、
そんなの全然正当じゃない!!」
「・・・・・」
「僕は、君を失ってまで欲しい命なんてない!!どうしてそんなことしたの!?」
「決まってるでしょう」
僕は顔を上げた。ヨザックはふんわりと笑って、僕の頬を撫でる。
「貴方を失いたくなかった。たとえ、自分が消えることになっても」
「・・・・ヨザ・・・・ック・・・・・」
「サラレギー陛下」
ヨザックは顔を上げて、サラレギーをまっすぐと見た。
「確かに、俺はずっと猊下の側にはいられない。でも、それでも猊下は一人じゃないんです」
「・・・・・・」
「猊下にはたくさんの仲間がいる。陛下や隊長・・・・閣下たち。俺がいなくても、決して
一人じゃない」
ぐっと僕の肩を抱く。震えが一瞬ふっと収まる。
「それに、貴方との事が片付くまで、俺は猊下のそばにいられるんです。そういう約束
を、眞王陛下としましたからね」
ウインクをすると、サラレギーはふっと笑った。
「じゃあ、ずっと側にいるってことなのかな?」
「それは確かに嬉しいですけど、貴方とのことを何とかするのが最優先。だから、ずっと
じゃないですね」
「複雑な想いだね」
「確かに。でも、嬉しい想いでもある」
「・・・・・・そうか」
呟くと、マントを翻してサラレギーは背を向けた。
「とりあえず、今日のところは退散するよ。大賢者様も混乱してるみたいだしね」
「それはありがたいですね。それでは良い夜を。サラレギー陛下」
「それはどうも」
くすっと笑って、サラレギーは部屋を出る。パタン、とドアの閉まる音がすると、ヨザッ
クはふーと息を吐いた。
「いやー、結構あの人威圧感持ってますよねー。俺、柄にもなくちょっと緊張・・・・・」
「ヨザック!!」
「はい、なんでしょう?」
・・・・なんでしょうって・・・・・なんでしょうって!何でそんなにあっけらかんとしてるの!?
僕は収まったはずの震えをまた再発させて、ヨザックの腕をぐっと掴んだ。
「一体眞王とどんな取引をしたの!?」
「どんなって・・・・・つまり、猊下の命を助けるために、俺の持ってるものを差し出しますよって
ことを」
「それって命ってこと!?でも、君は今、ここにいるよね!?」
「ああ、だからさっきも言ったようにサラレギー陛下のことが片付くまでここにいますっ
て・・・・・」
「じゃあ、彼とのことが何とかなったら、どこかに言っちゃうの!?君、死んじゃうの!?」
「・・・・猊下」
「・・・・そんなの、やだっ・・・・・」
ぎゅう、と目を閉じると、ぼろぼろと涙が出てくる。すると、ヨザックがくすりと笑う声
が聞こえ、顔を上げると指で涙を掬い取られた。
「猊下ってば、泣き虫になっちゃって」
「君のせいだっ・・・・」
「はい、そうですね。ごめんなさい」
抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩く。そうすると、ますます涙が出てきた。
「やだよぉ・・・・・」
「・・・・・猊下・・・・」
「いなくなるなんてやだ、やだよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「さっきも言ったけど、僕・・・・君を失ってまで・・・・・」
「はい、そこまで」
ヨザックが指でちょん、と僕の唇に触れる。
「さっきは言いませんでしたけどね、猊下。怒りますよ?」
「・・・・ヨザ・・・・」
「猊下、分かってくれたんじゃないんですか?一人じゃないって。みーんな、猊下の側に
いますよ。陛下も閣下達も、眞王廟の巫女さん達も。みんなみんな、猊下が大好きなんで
すから」
「・・・・君は?君は、いてくれないの・・・・?」
僕がそう聞くと、ヨザックはちょっと困ったように笑った。
「俺のこの体は・・・・もうすぐ消えてしまうけど。でも、いつでも見てますよ、猊下のこと」
「・・・・見てるだけじゃやだ・・・・側にいてよぉ・・・・」
「猊下・・・・」
「君がいないと・・・・一人じゃないけど、一人みたいに感じる・・・・・」
「猊下はそんなに弱い人間じゃないでしょ?」
「そんなことないもん・・・・すっごく弱いよ。君がいないと・・・・・」
「・・・・かも、しれませんね。でも、大丈夫。俺が好きになった人なんですから」
「・・・・ヨザ・・・・」
「俺は信じてますから。きっと猊下は俺がいなくても大丈夫だって」
そう言うと、また僕をぎゅっと抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いた。
僕はヨザックの背中に手を回して、ぽたりと一つ涙を落とした。そして頬を摺り寄せる
と、ヨザックは今度は頭を撫でてくれた。
☆ ★
そして朝、僕はパチリと目を開ける。眠れなかったから、目を閉じて眠ったフリをしてた。
ヨザックは僕の隣で僕に腕枕をしてくれている。僕はヨザックを起こさないようにそっと
ベッドから降りた。気配に敏感なのに、ヨザックは気持ち良さそうに眠っている。
「・・・・・君を、死なせたくないんだ」
小さく呟くと、僕は夜着のガウンのまま、部屋をそっと抜け出した。
「猊下!?」
眞王廟に戻った。誰とも一緒じゃなく、一人で帰ってきた僕に、巫女さんたちは驚いている。
「お体は大丈夫なのですか!?それに供もつけずに・・・・・」
「大丈夫。傷も大したことないから」
「ですが、かなりの深手でまだ治りきってないとお聞きしましたよ!?それなのに・・・・」
「ホントに大丈夫。たいしたこと・・・・っ」
「猊下!!」
きゃあって叫び声が聞こえる。僕は胸元を押さえた。そこから痛みが広がるけれど、今は
構っている暇はない。
僕の周りに集まってくる巫女達を無視して、僕は眞王廟の聖なる場所、眞王の眠る玉座へ
と向かった。
「猊下!すぐに部屋へとお戻りください!でないと傷が・・・・」
「っ・・・・大丈夫」
「ですが・・・・!!」
「うるさい!!」
僕が叫ぶと、巫女たちはびくっと体を震わせて、一瞬のうちに黙る。
可愛い巫女たちに怒鳴るなんて、と思うけど、今はそんなこと考えてる余裕だってない。
僕は痛む傷を手で押さえて、乱れる息を整えた。
「眞王、いるんだろ!!出てこい!!」
『何だ、大賢者』
精神の世界に入る。そこにはのんきな顔をした眞王がいて、それを見たら無性に腹が立った。
「ヨザックとした取引を中止して」
『・・・・ほう?』
「僕の命なら渡すから。だから、もうやめて!!」
『・・・・お前の頼みとあったら聞いてやりたいがな。それはちょっと無理な相談だ』
「どうして!?」
『あいつが先に願ったからだ。お前の生を、な』
「やめて!!お願いだからヨザックを殺さないで!!僕の命ならいくらでもあげる!
だからお願い!!」
「だーかーら、無理なんだって。一度した契約だ。取りやめることは出来ない」
「そんな・・・・」
ふらりと揺れて、体の力が抜ける。ペタン、とその場にしゃがむと、眞王が笑った気配を
感じた。
「何がおかしいのさ!」
『いや。お前がそんなに取り乱す所は初めて見たからな。大賢者の頃から、冷静の二文字が
よく似合う・・・・というよりそれしかないような男だったからな』
「・・・・僕は大賢者じゃない。まだ20にも満たない子供なんだ」
『・・・・そうかもしれないな。特に、自分の体のことをよく分かってない所が子供だと思うぞ』
「え?・・・・つっ」
ズキン、と痛んだ。傷がどんどん痛み始める。
その痛みのせいで、ふっと精神の世界が消えて現実に戻る。胸を押さえると、そこからじわりと
血が滲んでいた。白いガウンだから、滲んだ血が目立ってしまう。
「猊下、血が・・・!!」
「・・・・大したことない。騒がないで」
「しかし・・・・・!」
「大丈夫だから!だから・・・・・」
パンッ・・・!
乾いた音が、広い玉座の中で広がる。頬にじんわりとした痛みが走った。
「・・・・ヨザック」
「・・・・・・・・・」
冷たい目でヨザックが僕を見下ろしてる。すると、ヨザックはがしっと僕の両肩を掴んだ。
「何やってんですか、こんな体で!!いつも言ってるでしょう、もっと自分の体をご自愛
くださいと!!」
「・・・・・・・・」
「っ・・・・・・・これ以上・・・・・俺の心臓つぶさないでくださいよ・・・・・お願いですから・・・・・・」
傷に触れないように、僕をぎゅっと抱きしめる。その腕が震えていたので、すごく心配を
かけたんだって分かった。
「ごめっ・・・・」
「・・・・・もう、いいです。こちらこそすみません。引っ叩いてしまって」
「ううんっ・・・・・」
「不敬なことを・・・・・」
「いいっ・・・・いいの・・・・・ごめんね・・・・」
ぶんぶんと首を横に振って、ぎゅうっとヨザックの首に腕を回して抱きついた。
「猊下、傷が・・・・・」
「大丈夫・・・・平気だから・・・・・もっと強く、抱きしめて・・・・」
「っ猊下・・・・」
ヨザックはぎゅうっと僕を抱きしめてくれた。傷はまだ痛むけど、ヨザックの腕が温かく
て、ほとんど気にならなくなった。
ずっとこうしていられたらいいのに
ずっと一緒に、生きていられたらいいのに
僕のせいで、叶わない
僕のせいで、ヨザックはもうすぐ・・・・
「ごめんねっ・・・・・」
そう呟くと、僕は痛みのせいか寝不足のせいか、意識を失ってしまった。
巻き込んでしまってごめんなさい
君にはずっと、お日様の下で笑ってて欲しかったのに
僕がそれを奪ってしまった
そして僕も
君という太陽を失う
これが、罰なんだろうか