呪縛17〜真実〜







「一体村田に何があったんだよ」
数日後のことだった。猊下の部屋からちょっと離れた所で、陛下が聞いてきた。う〜ん、直球だよなぁ。
「俺、鈍い鈍いって言われるけどさ、村田に何かあったのかくらい分かるよ。なあ、何が
あったんだ?」
「・・・・それは・・・・・」
「俺は、いつも村田に助けてもらってる。だから、今度は俺が助けたいんだ。俺だけ何も
出来ないなんて、そんなの嫌なんだ」









陛下の気持ちはいたいほど分かっていた。だけど、簡単に話せることじゃない。
それに、せっかく数年前、サラレギー陛下と和解して仲良くなれたと喜んでいたのに、
それを壊すようなことも出来ない。猊下だって望んでないんだ。
「なあ・・・・ヨザック。教えてくれよ。お前は何もかも知ってるんだろ?今、村田の周りを
警戒してるのだって、それに関係してるからなんだろ?」
「・・・・陛下」
「もう・・・・・嫌なんだ。何も知らないで・・・・村田が傷つくのを見るのは。今までは、村田が
言いたくないんならいい、言ってくれるまで待とうって思ったけど・・・・・だけど・・・・・」
猊下と同じ漆黒の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。・・・やれやれ。大人に見えたかと
思えば、子供にも見えますね、陛下。








「すみません。陛下にご心配をおかけして」
「・・・ううん。これは俺の我侭だ。無茶なこと言ってごめん」
「いいえ。陛下のお気持ちは分かっているつもりです。本当にすみません」
「・・・・その謝罪は、俺に心配をかけてるって思ってるから?それとも・・・・・・何も、言えな
いから?」
・・・・あらら。ホントに鋭くなっちゃって。









「両方ですよ、陛下」
「どうして!?」
「貴方にはまだ、言える時じゃないんです」
「じゃあ言えるときっていつなんだよ!俺は・・・・俺はっ・・・・!」
「陛下・・・・・」




そして、陛下が再び口を開こうとした時、俺は猊下の部屋から何かの気配を感じ、顔を
上げた。
















☆ ★



「・・・・渋谷、今頃ヨザックに聞いてるんだろうなぁ・・・・」
表情を見たら分かった。やっぱり、いっぱい心配かけてるんだな。
僕はぼすん、とベッドに横になって目を閉じる。
渋谷には、いっぱい心配をかけてる。
それに、僕は一度彼を裏切った。
彼を守るべき立場にあるのに、自分勝手に命を絶とうとした。
今まで生きてきて、こんなの初めてだった。どんなに辛いことがあっても、魔王という
存在を守っていくという使命から逃れようとしたことはなかったのに。
「・・・・ダメだなぁ・・・・」
ぎゅっとシーツを握り締める。
どんどん心が弱くなっていく。
一体いつまで続くんだろう。















「・・・・・まるで、とらわれのお姫様みたいだね」






「・・・・・・・え?」















ぱち、と目を開ける。そして顔を上げようとした瞬間、ぐいと腕を掴まれて、深く口付け
られた。
「んんっ・・・・んっ!!」
抵抗しようと腕に力を入れるが、びくともしない。
この力強さ、強引さには覚えがあった。






「サ・・・・ラッ・・・・!!」
「しっ・・・・静かに。君の大事な人達に気づかれちゃうよ?」
にっこりと笑って人差し指を唇に当てる。僕が思わずぐっと言葉を飲み込むと、もう一度
キスをされた。
「んっ・・・・」
「・・・・久しぶり、この感触。やっぱり君は最高だ」
「や・・・・だっ、離して・・・・」
「嫌だよ。離してあげない」
「一体、どうやってここにっ・・・・」
「ん?ああ、窓の外にいる兵のこと?ちょっと眠り薬を嗅がせたんだよ。相手が僕だった
からだろうね。警戒心がまるでないから楽だったな」
「あっ、ん・・・・」
耳をぴちゃりと音を立てて舐められる。思わず反応してしまうが、僕は抵抗をやめない。
「お願い、離してっ・・・・」
「・・・・絶対に離さない。言ったはずだ。君を離すつもりはないって」
「やっ・・・・」
ぐっと口を押さえられる。僕が目を見開くと、サラレギーはにこりと笑う。
すると、塞がれた口から、甘い香りが鼻をくすぐる。それをかいでると、なんだかいい
気持ちになって、目が閉じかけてきた。
眠っちゃいけない。そう思ったけど、僕はそのまま目を閉じて、眠りについてしまった。

















☆ ★



「猊下!!」
バンッとドアを開ける。だけど、部屋の中に猊下の姿はなく、窓が開きっぱなしでカーテ
ンが風で揺れていた。窓の外を見ると、兵士が眠らされていた。
「しまった・・・・」
俺は窓から外に出る。陛下の声が聞こえたが、今は構っていられなかった。
「猊下!」
一体どこに行ったんだ。
いや、落ち着け。さらったのはサラレギー陛下だ。だったら、次に取る行動は何かを考えろ。
サラレギー陛下が行く場所。・・・・・そんなの、一つしかない。
俺はぐっと拳を握り締めると、門の方へと向かった。







「猊下!」
門番は眠らされていて、門の外には馬車に乗り込もうとしていたサラレギー陛下がいた。
腕の中には気を失っている猊下がいる。
「彼はもらっていくよ。有能な庭番君」
「っ・・・・・させるか!」
俺が走り出すと、馬車の中に乗り込まれ、馬が走り出す。
「猊下!!」
後を追うが、馬に足で適うわけがない。どんどん小さくなっていく馬車を、ただ見送る
ことしか出来ないなんて。
俺はぎりぎりまで走ったが、もう、馬車は見えなくなってしまっていた。息を乱して膝を
つく。そして、唇を噛み締め、地面を思い切り殴った。








「ちくしょうっ・・・・猊下――――っ!!」




















☆ ★



「何だと!?大賢者がさらわれたというのか!!」
俺は城に戻り、親分・・・・いや、フォンヴォルテール卿に事情を話すことに決めた。
横には陛下、フォンビーレフェルト卿、ウェラー卿、フォンクライスト京都、貴族の方々
が揃っている。
「何でだよ・・・・・なんでサラが、村田を誘拐なんてするんだよ!」
「ヨザック!ちゃんと説明しろ!!」
「分かっています」
俺は声を上げる陛下とフォンビーレフェルト卿の言葉を遮るように呟いた。
「猊下が・・・・いや、俺も望まなかったんですが、こうなった以上は・・・・真実を話さざるを
得ないと思っています」
「真実・・・・?」
「・・・・・お話いたします。猊下がなにを思っていたのか、猊下とサラレギー陛下の間に何が
あったのか。・・・全てお話しましょう」
すみません・・・猊下。だけど、貴方を救うには、俺だけじゃダメなんです。
貴方は望まないかもしれない。でも、こうする以外に他に道がないんです。







必ず助けに行きます。だから・・・・どうか無事でいてください。






















「・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・」
全てを話すと、全員が言葉を失って呆然としていた。当たり前だ、と思った。
特に陛下は、信じてた相手がそんなことをしていたなんて、つらいことだろう。
「どうして・・・・どうして村田は何も言ってくれなかったんだ」
「・・・・猊下は、自分のことが原因で、小シマロンと戦争になることを恐れていました。
・・・・と、言うのが大賢者様としての意見でしょうね」
「え?」
「もう一つ・・・・私的事として、多分貴方に知られたくなかったんだと思います。自分の
もう一つの姿を知って・・・・貴方がどう思うか。自分のことを嫌うんじゃないか。それが
怖かったんでしょう」
「そんなっ・・・・・」
ええ、貴方の言いたいことは分かってますよ。
だけど、猊下は怖かったんですよ。それが、ずっと。









「陛下」
「・・・・え?」
「今回の件、俺の判断ミスだということは深く承知しております。必要ならば、この命も
差し出す覚悟。ですが、今は先に、猊下の御身を救いたいと思っております。ですから、
どうか俺に命令を。猊下をお救いする許可をいただけないでしょうか」
床に膝をついて、頭を下げる。こんなに礼儀正しくしたのは久しぶりだ。
すると、上からフォンヴォルテール卿のため息が聞こえてきた。








「ヨザック・・・・村田の居場所、分かるの?」
「はい。おそらくサラレギー陛下は小シマロンに戻ったのでしょう。あそこだと彼の権力
が一番強い」
「そう・・・・・分かった。そのかわり、条件がある」
「・・・・自分も連れて行け・・・・ですか?」
「そうだ」
「ダメです。危険なことです。魔王陛下にそんな危険なこと・・・・」
「今回のことは、ヨザックを村田から少しでも離した俺にも責任がある!だから・・・・俺も
行く!」
「陛下・・・・」
「僕も行くぞ。ユーリは僕が守る」
「勿論俺も、な」
閣下と隊長も申し出てくる。ああ、全く・・・・・予想はしていたけどな。








「ヨザック」
「はい」
「お前が我々に真実を話したのは、権力の問題でもあるのだろう?だったらこの三人なら
適任だろう」
・・・・あらら。さすが親分。よく分かってますね。
「どういうこと?」
「サラレギー陛下は一国の王です。その王が命令すれば、ヨザックをどうにでもできるで
しょう?だけど、ヴォルフや陛下のような身分の高い者をそう簡単に追い出すことは出来
ない。猊下に会うことは出来ないかもしれないが、城の中に入ることはできるでしょう」
隊長が丁寧に陛下に説明する。ええ、そのとおりですよ。
「城に入ることさえ出来れば、猊下を助けるチャンスが増えますからね。勿論忍び込むこ
とも出来ますが、今回は猊下があちら側にいますし、慎重にいきたいんですよ」
「なるほど・・・・」
「つまり、僕達はエサということか?」
「悪く言えばそうですね」
「それでもいいよ、ヴォルフ。村田が助かるんなら、エサでも何でもなってやる」
「ユーリ・・・・」
「・・・・感謝いたします。魔王陛下」











俺が一つ頭を下げると、陛下や閣下たちがバタバタと部屋を出て行く。
そして残された俺とフォンヴォルテール卿、フォンクライスト卿だけが残り、フォンヴォ
ルテール卿がぼそりと呟いた。
「兵の準備はしておこう」
「・・・・・・・」
「猊下がさらわれたというのは一大事です。たとえ陛下や猊下が望もうと、兵を動かさざ
るを得ません」
「分かっています。でも・・・・・」
俺はドアを開けて、振り返る。そして少し笑って一言呟いた。









「必要ないですよ」