好きな人が出来ました。








唄を聴かせて 7



うさぎは席の方へと戻る。レイにこっぴどくしかられたが、何とか上手くごまかした。そしてその時、ふっと
ライトが消える。そして、ステージが明るくなる。
途端に会場内は歓喜の声でいっぱいになる。スリーライツの3人が出てきてから、更にだ。
「みんな!今日は着てくれてありがとう」
「こんなにたくさんの方たちに来ていただけたこと、とても嬉しく思います」
夜天と大気が言うと、声はますます大きくなる。そして中心に立っている星野がこつん、と一つ足音を立てて
前に出た。
「突然の解散、そして突然の復活という勝手なことをしてしまっている俺たちにこれだけのファンがいてくれて、
本当に感謝してる。・・・・ありがとう。この俺たちの1ヶ月は、事情があって話せないけど、またこうしてみんなの
前に出ることができて、嬉しいよ。それから・・・・・今日のライブは、ちょっと特別なんだ」
星野が意味ありげに言うと、違う意味でざわざわと騒ぎたつ。




「実はさ・・・・俺、すっごい大事な人がいるんだ」
「ええええ――――――――っ!!?」
女の子たちの驚きの声が上がる。それは、うさぎも例外ではなかった。声は上げなかったが、驚きでもれそうに
なった言葉を、手で口を塞いで止める。
「でも、その子には俺より大事な人がいる。それは、いいんだ、唯・・・・最後に一つだけ、伝えたいことがあった」
ちらりと星野の目がうさぎの方に映り、目が合う。うさぎはドキッとしながらも星野を見上げる。




「今まで・・・・俺はある人のためだけに歌ってた。でも今日は・・・・その子の為に歌う。俺が作った・・・・俺の曲を」
「星野・・・・・・」
「・・・・・・・・どうか、届きますように。『ETERNAL MOON』」



飾らないものなど 何もないのでしょう
いつからか自然に 笑えなくなった
ひとつのことを考えて 一人の人を想って
いつだって大切に想っていたいのに


君へのメッセージ どうか届いて
永遠に輝く月 僕が照らすことは出来ないのは知っている
何も望まない 何もいらない
ただ君がそこで笑っていてくれるなら
そう いつだって 照らされているのは僕だった
もう好きだなんて 愛してるなんて言わないから
ETERNAL MOON どうか輝いて





「ちょっとうさぎ・・・・これって・・・・・」
こそりとレイがうさぎに呟く。その時、ハッとした。うさぎの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていたのだ。
「うさぎ・・・・」
「レイ、ちゃ・・・・・変だよねぇ・・・・こんなの・・・・」
「・・・・・・そう。やっぱり、そうなのね」
「ふっ・・・・」
「・・・・・いいのよ。思いっきり、泣きなさい」
レイはぽんぽん、とうさぎの頭を撫でた。そしてちらりと辺りを見ると、所々、泣いている観客たちがいるのが
分かった。
星野の歌は切なくて、悲しくて。レイも、亜美も美奈子もまことも。一筋の涙を流した。



いつも僕はここで見てるから
いつか見えなくなっても 必ず月は昇るから
信じてずっと待っている

永遠に輝く月を




綺麗な旋律が終わる。星野が頭を下げると、会場内から大きな拍手が沸き起こった。
星野はうさぎに目を向ける。ぽろぽろと涙を流しながら、うさぎも星野を見上げる。すると、星野は声を出さずに
口を動かした。





『ごめんな』




伝わって、うさぎはぶんぶんと首を横に振る。
「せい・・・・・せいや・・・・・」
涙を流しながら何とか伝えようとする。しかし、言葉にならなかった。
星野は苦笑すると、ぎゅっとマイクを握り締めた。
「じゃあ、こっからは俺だけじゃなく、スリーライツで行くぜ!復活ライブ、最後まで楽しんでってくれよな!」
それから先はいつもの星野だった。スリーライツの歌を熱唱し、観客を盛り上がらせた。
その輝くばかりに美しい笑顔を見て、うさぎはぎゅっと涙を拭った。


「ごめん・・・みんな。私、先に出るね」
「あ、うさぎちゃんっ・・・・・」
4人が止める前に、うさぎは会場を出た。そして一気に静まった廊下で、うさぎは一人で泣いた。
声を押し殺して、一人で泣いた。





しばらくすると、アンコールの声が中から聞こえてきた。うさぎは顔を上げて立ち上がる。そしてぎゅっと
手を握りこむと、その場を離れ走り出した。















「ふぅ・・・・・」
「お疲れ、星野」
「初めての作詞にしては、なかなかでしたよ」
「・・・・サンキュ」
星野は笑ってタオルで汗を拭う。
「大気、アンコール何曲・・・・・・・あ」
「どうしました?夜天?」
大気が聞くと、夜天はしーっと人差し指を口元にやった。そして、ちょいちょいと窓の外を指差す。それを
見て、大気は目を丸くして、夜天と顔を見合わせると、二人は苦笑した。
「星野」
「ん?」
「アンコールにでるまで後5分だから」
「は?」
「遅れんじゃねーぞ」
悪戯っぽく笑い、窓の外を指差した。星野はなんだと思いながら窓の外を見る。そして驚いた顔を見せる
とタオルを放り出して走った。
「迷子のお姫様を迎えに行くのは、王子の役目ですよ、星野」
「・・・・ま、 ベタだけどね」














「おだんご!」
星野が叫ぶと、うさぎが振り向く。はあはあと息を乱しながら、星野はうさぎの元へ駆け寄った。
「おまっ・・・・何やってんだ、こんな所で・・・・・・って言うか、よく入ってこれたな。ここ、関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「えへへ・・・・・このチケット見せたら入れちゃった」
「・・・・・・・・あ」
星野があげた、うさぎのマークのついたチケット。それを見て、星野は思わず苦笑した。
「で、この中で迷子になってりゃ、世話ね―よな」
「う・・・・・・」
うさぎは返す言葉もなく、黙り込んだ。すると、星野の細くて長い指が、そろりとうさぎの頬に触れる。うさぎがハッと
して顔を上げると、星野が悲しそうな瞳でうさぎを見つめていた。
「泣いてたんだろ・・・・ごめんな」
「星野・・・・・・・」
「ごめん。でも、どうしても聞いてもらいたかったんだ・・・・女々しいよな」
うさぎは一生懸命首を横に振る。言葉にすることなんて、出来なかった。



「すごく、切なかった・・・・・・星野の歌声・・・・・・そしたら、自然に涙が出てきちゃった」
「・・・・・・・・」
「あれ・・・・・・あの曲・・・・私の為に?」
「・・・・・・・・そうだよ。俺が、おだんごのことだけを想って、書いたんだ」
「・・・・・・・ありがとう・・・・・」
うさぎはぎゅっと星野の服を握り締める。そして、俯いてしまったまま顔を上げないうさぎを心配して、星野は
体を屈めてうさぎの顔を覗き込んだ。
「おい、おだんご?大丈夫か?もし、気分悪いとか疲れたって言うなら、楽屋の方で・・・・・・・・」
休んだ方がいい、といおうとした星野の言葉は続かなかった。うさぎの服を握る力が一瞬強くなったその時、
うさぎは顔を上げて星野の唇に口付けた。
あの時、星野がしたキスと同じように、そっと触れるだけのキス。しかし、星野の言葉、思考を止めるには
充分すぎるものだった。




「・・・・・・・おだんご・・・・・?」
「・・・・・・・・」
「なん・・・・で・・・・・・・・・・・」
上手く言葉が出てこなかった。うさぎは泣きそうな顔で星野を見ると、服から手を話し、背を向けて走って
いってしまった。
「おだんご!」
慌ててその後を追いかける。勿論、足の速さは星野の方が上だ。すぐに追いつかれ、うさぎは腕を掴まれた。
腕を引き、星野はウサギの体を自分のほうへと向ける。そしてぽろぽろと涙を流すうさぎを見て、頭の中の
何かが切れたような気がした。






壁に押し付け、キスをした。深い深い、キスを。








「んんっ・・・・」
星野の服にしがみつき、そのキスを受ける。全く抵抗しないうさぎに、星野は何度も口付けた。
熱い唇が重なり、吐息が混ざり合う。抱きしめてキスをすればするほど、相手の感触が伝わっていく。
離したくない、と思った。
「せいっ・・・・・・や・・・・・・・」
「・・・・・・おだんご・・・・・・・・・・・・・」
お互いを呼び合うと、もう一度深く重ねた。お互いに瞳を閉じて、お互いにそれを求めた。
ずっとずっと、こうしていたいと思った。







「はぁ・・・・・・・」
うさぎが苦しそうに息を吐く。潤んだ瞳、上気した頬、全てにおいて愛しかった。
「・・・・・・おだんご・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「俺・・・・・・・・・」
いおうとしたその時、名を呼ぶ声が聞こえた。
ふと我に返ると、もうアンコール時間だということに気づいた。しかし、今ここで離れることも出来ず、
星野は困惑した表情を見せる。すると、うさぎが星野の服をぎゅっと握った。
「行ってきて、星野」
「おだんご・・・・・・・」
「私なら平気。大丈夫だから」
にこ、と笑顔を見せて、ぽん、と星野を叩いた。
「まだ、アイドルの星野光でしょ?行ってらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・・・ん、分かった」
頷くと、うさぎの髪にそっとキスを落とす。その自然な仕草に、うさぎはぼんっと真っ赤になった。



「楽屋にいろ。すぐに戻るから」
じゃあな、というと、星野は走り出した。うさぎは、見えなくなるまで星野の姿を見送っていた。













「星野、おっそーい!」
「悪い悪い」
「何か、いいことでもあったんですか?」
「ん?」
「にやけてますよ」
「・・・・・・・・そーかな」
「星野のことだから、エッチなことでもしてたんでしょ」
やれやれ、と呆れたような顔をする夜天。いつもなら、そんなわけねーだろと怒りの声を上げるはずなのに、
今日は目をあさっての方向に向けて泳がせている。それを見て、大気と夜天は目を丸くした。



「嘘、ほんとに!?」
「何かあったんですか?」
「あー・・・・」
なんと答えたらいいのやら、と星野は頬をかいた。そして白状しろ、とじゃれあいながら、3人はステージの方に
戻っていった。